【謎の生徒】
今日もいつもと変わらぬ1日かと思い、学校の門をくぐる。
新入生歓迎会やクラブ紹介も終わった四月半ばと言う、時期はずれな時に貰った一枚のビラ。
軽音部に勧誘を促すその文字の並びに数度瞬き、文字に落としていた視線を配っていた人物へと向け。
「このチラシ、書いたのは君ですか?」
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【千星 那由多】
それは思ってもいない、突然の問いかけだった。
「?・・・そう、ですけど?・・・入部希望ですか?」
愛輝凪高校へ入学してから数日が過ぎ、適当に入った軽音部での初仕事が「部員募集のチラシ作り」だった。
新入部員が俺だけだったせいもあるのか、明らかな雑用。
野球部の新入部員のボール拾いよりも酷い扱いだ。
そもそも軽音部に入ったのも、部員が少なくあまり活動をしていないということを知っていたから。
適当にやり過ごそうと思ったのが間違いだったか・・・。
チラシ配りまで丁寧にまかされてしまった俺は、さっさとチラシを配ってさっさと帰ろうと思っていた。
場所はなるべく人通りの多い場所を選び、無理な作り笑いで黙々と行き交う人にチラシを配る。
そんな時に彼は現れたのであった。
背はスラリと高く、「俺とは違う人種」という気品が漂っていた。
肌は透き通るような白さで、透明感というのはこういうことを言うのだろう。
瞳の色は闇夜のように黒いが、どこか引き込まれてしまうような美しさであった。
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【謎の生徒】
その返事を聞くと一度、青年を上から下まで、気に障らない程度に視線を流した。
特に取り柄も無さそうで覇気も無い。
“只の高校生”と言う言葉がよく当てはまりそうな青年だ。
容姿は悪くは無いが自分には到底及ばない、自分が惹かれる要素等ありはしない。
しかし、チラシに視線を戻すと相手の書いた文字には何か光るものを感じ、
元より自分の直感は外れた事が無い故に、俯いた彼からは見えない位置で、僕は薄らと笑みを浮かべた。
「いいえ。そういう訳では無いのですが。……すいません、仕事の邪魔しましたね。失礼します。」
申し訳なさそうな苦笑を拵え、湛えてから小さく頭を下げた。
彼へと軽い挨拶を交わす間も自分の思考は別の場所へと誘われ、チラシ配りの青年へと背中を向けると校内へと歩いていき、
自然と上がる口角を抑えることが出来なかった。
「――――――さて、暫くは楽しめそうですねぇ。」
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【千星 那由多】
丁寧な挨拶を俺に返した彼に対し、俺は少し遅れて軽く会釈をした。
彼の佇まいや瞳に目を奪われていたんだろうか。
少しうつむいた時の俺の目は自分でわかる程度には泳いでいた。
そして彼は俺に背を向けて校内へと消えていく。
その姿を無意識に目で追っている自分がいることに気付いたのは、
グラウンドで野球部のバットがボールに当たった、あの甲高い打撃音が聞こえてからだった。
「・・・こんな学校にもあんなきれーな人いんだなー」
何故だか少し俺の心の中は動揺していた。
少し強張っていた肩の力を落とし、首を軽く捻る。
「・・・とにかく早く配り終わろう・・・」
あと数十枚のチラシの束を握り締めて、俺はまた行き交う人にひきつった笑顔で配り始めた。
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【三木 柚子由】
どうやら自分の目的の人物は窓際に座っている人物で間違いないのたが、
元より人見知りな自分が彼、千星那由多をどう誘おうかと迷っていると違う人物から声を掛けられ。
「どうしたの?」
「あの……。生徒会で…千星那由多くんに…用事があって…」
「那由多?待ってて、呼んできてあげる。」
「え、あの…その…」
「那由多!那由多!副会長さんが用事があるんだって。」
私が困って居たからか、優しそうな雰囲気の青年に声を掛けられた。
それは結果的には良かったけれど、出来れば内密にしたかったな、と、うなだれたかったが、
現実にはそんな時間は無く、窓際の千星君と視線が合い、私はペコリと頭を下げた。
「すいません。お昼休みに…。あの…少し、お話ししたいことがありまして、着いてきて頂けますか?」
千星くんが此方に来てから、控えめな声で教室の外へと誘い、彼が頷くと後ろを着いてきている事を確認しながらその場を後にした。
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【千星 那由多】
俺の親友、巽に声をかけられたのは、食べ終わった空の弁当箱を閉まった時だった。
「副会長が呼んでる」
そう言われて向けた視線の先には、できるだけ目立たぬようにか、うつむき加減の大人しそうな女性が立っていた。
視線が合うと控えめにお辞儀をした彼女は、ここからでは顔がよくかわからない。
「副会長?」
そう言われてすぐにピンと来なかった俺だったが、すぐに席を立ち巽に返事をしてドアに向かう。
周りの男子が好奇な目で俺を見ていた。
『・・・告白??』
そんな声がちらほらと耳に入り、一瞬心臓が大きく跳ね上がった気がした。
巽とのすれ違いざまに「おまえがでけー声出すからだ」という意味を込めて睨みをきかせる。
当の本人はにこにこと笑って良い事しましたって顔だ。こいつはいつもこうだ。
ドアに近づいて彼女の顔が少し見えるようになると、「副会長」と言われた理由が分かった。
俺の目の前にいる女性は、入学式の時に生徒会として紹介された中にいた一人であった。
俺自身そういえばこんな人いたな、ぐらいの認識だったけど、巽の奴よく覚えてたな。
そんなことを頭の隅で思っていたら、申し訳なさそうな声で教室の外へと誘われた。
彼女はさっき喋った言葉以外一切口にせず、俺の先を歩いていく。
どこに行くんですか?と問いたかったが、多分生徒会室か職員室か、だろう。
生徒会の副会長だ。用事があって連れ出すならそこら辺が妥当なところ。
だが、そういった場所に呼ばれる謂れはないのだが。
先を歩く彼女に目を向けると頭ひとつ以上は違う小柄で華奢な体に、本当に生徒会副会長なのだろうかと疑念さえわいてくる。
どこか頼りのない・・・というよりも何か守りたくなるようなタイプだ。
こんな事を、後ろを歩いている天然パーマの男が思っているなんて、副会長さんは思ってもいないだろう。
彼女の小さい歩幅に自分自身の歩調も合わせながら、俺も男だったんだなと思春期なりの小さな悟りを開いていた。
で、どこまで行くつもりだろうか?
彼女の足取りは実習棟と呼ばれる、昼休みにはまったく人通りのない場所へと向かっていた。
これは本当に告白か?なんて淡い期待が混じったような感覚を、唾と共に飲み込む。
それと同時に彼女は急に立ち止まった。
一瞬体が強張り、慌てて立ち止まった俺は教室の表示を見上げる。
『理科実験室』
まだこの教室で授業を受けたことはないが、何を行う教室かは大体想像がつく。
そんなことより、俺の想像とまったく違う場所へと誘われている不信感と淡い期待が、爪先から頭の先まで駆け巡ったのがわかった。
「・・・あの・・・生徒会室に行くとかじゃ、なかったんですか?」
俺はここで初めて口を開いた。
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【三木 柚子由】
なんとなく千星君のクラスの男子が騒いでいた気もするけれど、今はこの事実をどうやって伝えるかで頭はいっぱい。
ちゃんと伝えられなかったらどうしよう。せっかく、副会長にしてもらったのに役割を果たせなかったらどうしよう。
と、そんなことばかり考えていると理科準備室まで無言で来てしまって、考えれば考えるほど頭は真っ白になるばかりで、
準備室の扉を開き、奥に進むと少し潤んだ瞳で相手を振り返り。
「あの…。その…。えっと…」
少し疑われているように理由を聞かれるけど、準備室に入ってきてくれた千星君の顔、胸、足、手と視線を向ける間は手を前で組み、
モゾモゾと動かしてしまい、頭の中がきっちり整理できてないまま顔を真っ赤にしながら思い切って口を開き。
「書記になってくださいっ!!」
「ソウダ、書記にナレ。」
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【千星 那由多】
顔を真っ赤にした彼女が叫ぶように発した言葉が俺の脳内を駆け巡る。
「しょ、しょき・・・?」
一瞬のことでその言葉の意味がわからず、頭をフル回転・・・させる間もなく俺の後ろから少女が現れた。
いつの間に?この子誰??しょきってなんだよ!!??
余計に訳が分からなくなった俺は、副会長の顔とその少女の顔を交互に見つめた。
少しの間沈黙が流れる、その間に俺の頭は「しょき」の意味を考えていた。
しょき?・・・・・・・・・しゅき・・・・・・・・・好きぃ!!!???
好きになってください!?
もしかして副会長はここぞという告白の場面で噛んでしまい、
「好きになってください」を「しょきになってください」と言ってしまったのではないだろうか?
そうかもしれない。
じゃあこの少女はなんだ?この子も副会長の言葉をさえぎるように「しょきになれ」と言ったぞ?
この少女は一体誰だ??
つーかなんでこんなとこに俺は呼び出されてんだ??
意 味 が 分 か ら な い 。
時々俺は、自分の想像がつかないくらい酷くうろたえてしまうことがある。
これは昔からで、相手が一定の距離に介入してきた時や、自分の許容量を越えてしまうと、テンパってしまうのだ。
目は泳ぐし、冷や汗は出てくる。
外面は明らかに「キョドる」というやつだ。
そんな俺の態度に副会長は気付いて、はっとしたような顔をし余計に戸惑っているようだ。
「あっあの、そのっわたしたち、はね・・・」
副会長がどうにかして言葉を繋げようとした時、俺の後ろに立っていた少女が開いていたドアをピシャリと閉めた。
「オマエ、勘違いしてイル」
「えっ!!!???」
俺は自分でも自分の声だと思わないような、甲高い声をあげていた。
なんか知らんがさっきの俺の桃色思考がバレている?!
「ひとまずコイ。話はソレカラダ。」
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【三木 柚子由】
千星君の様子から自分がうまく伝えられなかったことが分かった、でも、どうしたら良いか分からずに押し黙って居ると気まずい空気が流れた。
イデアちゃんが、入ってきたせいで余計に話がこじれた様子。
なにも出来ない自分に涙が出そうになる。
「あっあの、そのっわたしたち、はね・・・」
せめてもと付け加えようとした言葉すらイデアちゃんに遮られてしまった。
あれ?でも勘違いってなんだろう。書記って言うだけじゃ分かんなかったかな?
そう考えているうちに案内を始めるイデアちゃん。
幼い容姿なのに確りしている。
もっと私も強くならなきゃ!と心に誓いながら人体模型の有らぬところに隠されている地下室へのボタンを押すと、
音無く壁面が自動ドアのように横に滑る。
そこに広がるのは、学校の校長室のような応接室、そこに千星君を案内して、小さく笑みを浮かべる。
「いきなりごめんなさい。少しお話したいことがあって…。
あ、ここは(裏)生徒会の会議室みたいなもの。えーと……その」
「話がススマナイ。千星那由多、早く座レ、ワタシが説明スル。」
また、うまく話せなかった…。
イデアちゃんに遮られてしまうと押し黙り、少し俯きながら後はイデアちゃんに任せる事にした。
千星君を連れてこれただけでもあの方は褒めてくれるかな。
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【千星 那由多】
秘密の部屋なんて、漫画や小説だけの世界だと思っていた。
けれど、俺の目の前の壁は静かに開いていったのだ。
ずっと意味の分からないことばかり続いて、俺の思考は相変わらずこんがらがっている。
考える、というよりも、もうなにも考えたくない状況になってしまっていた。
さっきから起きていることが夢かと錯覚するほどだったが、狂ったような心臓の音が徐々に落ち着いてきたことによって、
「これは夢ではない」とどこか冷静に現実を受け入れていった。
壁が開いた先には広い部屋が見渡せられた。
少し薄暗い照明の下に、高価そうな机と椅子が並べられている。
絨毯は濃い茶色で、端には何かの模様が金色で丁寧に飾られていた。
壁にはなにも飾られておらず、ただひっそりと佇むホワイトボードだけがこの部屋の中での異質な存在に見える。
ここでわかった、というより俺の絡まっていた思考がハッキリとしだしたのだが、いきなり現れた少女の瞳は宝石のように真っ赤であった。
透き通るような金髪に赤いカチューシャが映え、瞳と同じ色のワンピースは彼女の白い肌の輪郭をもっと鮮明にさせた。
少女に促されるまま、高価そうな椅子に腰掛ける。
椅子はとても柔らかく座り心地がいいのに、なんだか今は固い石の上に座らされているような気分だった。
「今っコーヒー入れてきますね!」
副会長が奥のドアを開けそそくさと部屋を後にした。
今、この少女と二人きりにされるとなんか困るんだけど・・・。
そんなことを考えると余計に体が重くなる。
チラリと少女に目を向けると、少女はさっきから微動だにせず、俺をあの真っ赤な瞳で見つめていた。
さっとすぐに目を反らしたが視線を強く感じる。
ほんともう、一体なんなんだ・・・。
ここまでテンパったのは生まれて初めてだ・・・。
今までずっと何にも興味を持たなかった。
気になることなんてほぼなかったし、自分で知りたいなんて思うこともなかった。
「あなたは全てに無頓着」と昔元カノに言われたこともある。
ただ今ははっきり言える。
今何が起きてるかものすごく気になる!!!!!
ぐっと拳を握り締めたところで、少女がポツリ起伏のない声で呟いた。
「驚くホド弱イ。会長はナゼこんなコを推薦したノカ理解不能」
・・・・・・またよくわからないこと言ってる・・・。
再び俺の目が泳ぎ出したところで、副会長が危なっかしい手つきでコーヒーを持ってきてくれた。
「お、お待たせしましたっ!」
コーヒーはカタカタと今にもこぼれそうだ。
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【三木 柚子由】
イデアちゃんに命令され、椅子に腰掛けている千星君の表情は強張ったままだった。
私には何にそんなに緊張しているか分からないけれど、少しでも和めばと思ってコーヒーを煎れにいくことにした。
あの方が好きなのは紅茶なので、うまく煎れれるか分からないけれど、専用の機械を使う程の時間は無かったので、
ドリップコーヒーをコーヒーカップに引っ掛けて、そこで私は落ち着く為に息を吐いた。
……二つも持っていけるかな。
千星君がイデアちゃんと二人きりになっている中、多分、誰も想像しないような些細な事に私は必死になっていた。
あの方に持っていくときはいつもトレーに一つしか乗せていないのに、今日は二つ。
しかも、書記になる大事な人。
私は細心の注意を払って歩き始めた………はずだったのだけど。
「お、お待たせしましたっ!」
「ぅ、ひゃ―――――!!!」
見事に千星君の足に躓いて、コーヒーはイデアちゃんの頭に。
コーヒー色に染まってしまったイデアちゃんを前に、どうして、今日は何もうまく行かないの、と嘆いたが、
慌ててキッチンから持ってきたタオルでイデアちゃんを拭い。
「ごめんなさい…、イデアちゃん」
「何度も言っているケド、ワタシはヒューマノイド。防水加工もされているシ、痛覚もナイ。」
イデアちゃんは優しい。そうは言われてもやっぱりコーヒーを掛けたのは悪いことで、気分は落ち込むばかり。
はっとして千星君を見ると余計に混乱してしまっている様子に私はまた俯いた。
「まあ、いい。千星那由多。本題に移ル。ワタシはヒューマノイドのイデア。この学校を守護するモノ。」
「ここは(裏)生徒会の秘密の部屋。千星那由多、オマエには(裏)生徒会の会長より書記になるように推薦された、よってここに任命スル」
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【千星 那由多】
まさか無いよな、と思っていたことが目の前で起こってしまった。
コーヒーがカタカタとかわいそうな音を立てている時点で俺が受け取るべきだったと、コーヒーがカップごと見事に半回転を見せた時に俺は後悔した。
まさにパーフェクト。
こんな光景は見たことがない。
コーヒーカップ回転オリンピックがあればきっと金メダルだ。
宙を優雅に舞うそのコーヒーカップは、あっつあつのまま赤い瞳の少女の頭にダイレクトに着地。
コーヒーカップの帽子を被った少女が目の前にいた。
いや、こんな悠長に見ていては申し訳ない。
けれど自分からは見事なほどに笑いも言葉も発せられなかった。
しばらくその光景を何もできずただ呆然と見ていた俺だったが、
コーヒーを滴らせたイデアという少女が当たり前かのように口にした言葉に再び思考が停止してしまう。
「何度も言っているケド、ワタシはヒューマノイド。防水加工もされているシ、痛覚もナイ。」
ヒューマノイド?防水加工?痛覚??
携帯の話か?
いや、あれはアンドロイドだ。
それに今きちんと「ワタシ」と言った。
また意味の分からないやりとりを副会長と少女はしている。
再び困惑の表情を浮かべていると、副会長と目が合った。
すぐに視線は反らされ、申し訳無さそうに口元をきゅっと結んでいるのが分かる。
そして次にイデアという少女が口にした言葉で、俺はここに呼び出された理由と「しょき」という言葉の意味がやっとわかった。
勘違いしまくっていた俺の舞い上がっていた何かが音を立てて崩れたような気がした。
だがここで気を取り直さないといけない。
「えーっと・・・まとめると、君はロボット?みたいなもので、ここは(裏)生徒会ってやつの秘密の部屋、で、俺はそこの書記に任命されて・・・」
自分なりに頭の中を言葉にして整理する。
けれど俺の次の言葉は、億劫で怠慢な自分の精神を無意識に表現してしまっていた。
「・・・その書記ってのは、断ったりとか、できない・・・よな?」
できない、というよりきっと「させてくれない」という雰囲気は、
わざわざ秘密の場所へと連れてこられたという事実と、イデアという少女の口調でなんとなくはわかっていたが、
「めんどくさそうだ」という気持ちはやはり抑え切れなかった。
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【三木 柚子由】
イデアちゃんは無事だったもう一つのコーヒーでいいと言ってくれたので、
トレーに残っていたちょっと零れて減ったコーヒーをイデアちゃんの前に置き、
タオルで自分で拭きはじめたイデアちゃんを横目に再びキッチンに戻る。
少し時間が経った後、千星くんのコーヒーを用意してから戻るとその間にも話は進んでいたようで、
千星君の拒否の言葉が聞こえて私の胸はドキリと大きく高鳴った。
「本当に…会長はなぜ、このコに…」
「無い。辞めることが出来るのは(裏)生徒会長の許可があるトキ。…そして、もし辞めたいと言うなら、記憶を消すことにナル」
やる気がなさそうな千星君の言い方に感情の無い筈のイデアちゃんがいらっとした気がする…。
しかもそのあと、指をポキポキならしはじめた。
あれ?イデアちゃん、ロボット特有の何かで記憶消せなかったけ?
実力行使で記憶喪失に追い込む気!?
「やっぱり、このコはやめますか…会長にはうまく言いまショウ」
「安心シテ。綺麗に記憶は無くしてあげる。トラウマは残るかもしれないケド」
もう私にはイデアちゃんが薄ら笑っているようにしか見えなくてコーヒーを手にしたまま慌てて駆け出すと、
次は千星君の頭にカップが飛んでいった。
「待って――――ぁ!!!」
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【千星 那由多】
俺が悪いとしか言いようがない。
自分のやる気の無さを露呈してしまったのだから、この謎に満ちた少女に怒りのような眼差しを向けられるのは仕方の無いことだ。
けれど少女は一人でぶつぶつと「記憶を消す」とまで言っている。
指まで鳴らし始めた時、俺は実力行使で消されてしまうと本能で悟った。
「ちょっまっ・・・まってまって!!」
俺の制止も空しく少女は聞く耳を持っていないようだった。
ゆっくりと重なっていた両手が離されようとした時。
「待って――――ぁ!!!」
副会長がキッチンの奥から駆けつけて来たのが分かった。
それと同時に淹れ直してきたであろう、先ほどと同じあっつあつのコーヒーとカップが俺の方向へと飛んでくる。
事故の時にスローモーションになるとはこういうことだろうか。
俺の顔が徐々に驚き崩れていくのと同時に、コーヒーカップはまたもやあのオリンピック金メダルを狙うかのように宙を舞っていた。
せめて銀メダルぐらいにしてはくれないだろうか。
そこまでして金メダルを狙う必要はないのでは?
コーヒーカップはもう俺を狙って技を繰り出している。
せめて少しでも避けようと椅子から身を離そうとした時、白い長いものがコーヒーカップをめがけて伸びてきたのがわかった。
それがイデアという少女の腕だということに気づくのに時間はかからなかった。
薄く瞑った目をゆっくり開いていく。
「またカ。コーヒーは頭にかけるモノではナイ。飲むものデハナイのカ?」
空中で止まったコーヒーカップは小さな手のひらで綺麗に掴まれていた。
それよりもなによりも驚いたのは、そのコーヒーカップを掴んでいる少女の肩は外れ、
その部分は銀色の機械のようなものが蒸気を上げて覗いている。
明らかに肩が外れ、伸びているのだ。か細い腕が。
少女は本当にロボットなんだと、どこか冷静な頭の端で理解した。
「ごめんなさぃ・・・」
副会長が腰を抜かしたように地面に座り込む。
俺は無意識に止めていた息を大きく吐き、ガクリとうな垂れた。
「サテ、(裏)生徒会に入ル意思がナイのでアレバ、コノ温度84度のコーヒーは飲まズにオマエの頭にカカル運命になる、ドウダ?」
ほっとしたのもつかの間、肩の外れた機械少女が俺に問いかけた。
コーヒーをかぶるのはごめんだ。
今日は体育もないからジャージさえ持ち合わせていない。
そもそも84度とか熱すぎるし、この後教室に戻って「なんかコーヒーくさくね?」とか言われるのも絶対嫌だ。
ぐるぐるとコーヒーをかぶった自分の未来を想像する。
「・・・わかった、入るよ・・・だからかけないでくれ」
俺は俯いたまま、コーヒー臭くない運命を選んだ。
■Mission No.2 「金髪男子」
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