【千星 那由多】
昨日はめったに無い(裏)生徒会の休みで、そりゃあもうだらけれるだけだらけた。
誰にも干渉されず、ゲームと飯食って寝るだけの日々がこんなに貴重だとは、今の年で気づくなんて思わなかった。
そんな貴重な休日を過ごした次の日の今日。
何故か俺達は山にいる。
別に山登りをしに来たんじゃない。
気づけば山に居たわけでもない。
イデアにスパルタを受けるためにここにいるんだ。
しかも早朝の5時。
まだ辺りも薄暗く、結構寒い。
俺はフードを目深にかぶり冷えた身体を抱きながら、目の前で腕を組んで仁王立ちをしているイデアを見つめた。
「で、何をすればいいんですか…」
イデアはそのままの状態で、こちらをじっと見据えながら答える。
「とりアエズ脱げ」
俺はその言葉に目と口を見開いた。
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【日当瀬 晴生】
今日は野外訓練だ、千星さんとの野外訓練は初めてだったので、俺はワクワクしていた。
天夜が居るのは癪だけど。
イデアさんは、いつも突拍子もないことを言い始める。
しかし、ちゃんと考えがあると信じているので直ぐ様上の服とズボンを脱ぎ、下着一枚になる。
と、いってもまだ上半身には包帯を巻いたままだったが。
天夜のやろうも直ぐに脱ぎやがった。
こいつ、やっぱ顔に似合わず良い体してやがる。
あの、戦闘能力はこの基礎があってこそなせる技だろう。
後、こいつに経験が加わるととんでもない化け物になりそうだ。
そんなことを考えていると天夜がこっちを見てにっこりと笑いやがった。
こう言う、俺に心を開いてますよ感も、俺にとってはムカつくぜ!!
それにしても流石に冷えるので俺は身を小さくした。
三木も脱ごうとしていたが流石に会長とイデアに止められてシュンとしていた。
流石にお前に脱がれると俺も辛い。
正直千星さんが脱ぐだけでもドキドキすんのに。
勿論、天夜は別。
後残るは会長と、千星さん。
千星さんは会長をじーと見つめて居たので会長が小さく苦笑を溢す。
「僕は諸事情で脱げません。まぁ、これ一枚になることは可能ですが。」
そういって、いつも一番下に着込んでいる長袖のハイネックの首元を引っ張る。
千星さんは納得いかなそうにまだじーと見つめていたのでイデアさんが千星にすごむ。
「ナユタ…。」
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【千星 那由多】
脱…ぐ…?
こんな寒いのにか!?ありえん!!ありえねえ!!!
服を脱いだ自分を想像して凍えていると、晴生が先に脱ぎ始めた。
おいおいマジかよ脱ぐのかよ!!
下着一枚になると、それを見た巽までも服を脱いだ。
だがしかし、会長は未だに脱ごうとしない。
会長だけずるいな…と見つめていると、俺の考えていることがバレたのか、会長は諸事情で脱げないと苦笑する。
くそーなんだよなんだよ!
俺も諸事情で脱ぎたくねえよ!!
そんなことを考えているとイデアに催促される。
俺は大きくため息をついて、順に服を脱いでいった。
三木さんもいるからちょっと恥ずかしかったが、当の三木さんはあまり気にしておらず、
寧ろ自分も同じように脱げないことに気を落としているようだった。
全部脱ぎ終わると俺達は横一列に並んだ。
巽と晴生の身体は筋肉もついて腹もいい感じに割れている。
だが俺の身体は貧弱でほそっちょろく、隣に並ぶのが辛い。
身を擦りながら足踏みをしていると、イデアが全員を見回し後ろに手を回し何かを取り出した。
それはイデアの身長の倍以上の長さがあるであろう鞭で、それをピシッと地面へと叩きつけた後、いつもの無表情の顔で真っ赤な目を光らせる。
「スパルタ、開始ダ…」
イデアに表情はないのに、俺には恐ろしい笑顔でイデアが微笑んだ気がした。
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【天夜 巽】
那由多はイデアちゃんに凄くビビってたけど、俺にしてみればちゃんと計算された訓練だった。
準備体操から始まって柔軟、腹筋、背筋などの基礎訓練。
俺は日当瀬とペアを組んで腹筋や背筋をさせられた。那由多とじゃないのは残念だったけどこれはこれで張り合いがある。
何も言わなくても日当瀬は俺に張り合ってくるからだ。
部活の奴等は俺が身体能力が特別に高いのに妬みや尊敬をしてきてもこんなに張り合ってくる奴は居ない。
三木さんも基礎訓練は参加するようで那由多とペアを組んでいる。
会長も「僕…精神体なんですが」と、言っていたがイデアちゃんに足をもってもらい無駄の無い動きで俺達の倍はこなしている。
身体能力的には負ける気はしないが、俺とは違い使い方に全く無駄はない。
同じ筋力で戦うとしたらきっと負けてしまうだろう。
そんなことを考えながら見詰めていると、たまたま視線が合い、涼しい顔のまま笑みを浮かべられてしまった。
成る程、三木さんが会長の横でいつも赤面してるのが少し分かった。
「ジャア、次。あれにしようカ。
イデアの地獄〜入門編〜…死と隣り合ワセの鬼ゴッコ…」
バチンと鞭の激しい音が辺りに響いた。
イデアちゃんは無表情に言っている筈なのにやっぱり悪魔のような微笑みが見える。
そしてその言葉を聞いたとたん日当瀬と会長がイデアアプリを起動させ、イデアちゃんがいる方向と逆に走り出した。
「千星さん!!速く!アプリ起動させてこっち来て下さい!!」
「巽くんも。柚子由、お昼の用意お願いしますね。」
会長からの言葉を受けて俺も走り始める。
まだ、あの二人のように直ぐは解けない為走りながらアプリのロックを解いていく。
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【千星 那由多】
「イデアの地獄〜入門編〜死と隣り合わせの鬼ごっこ…?」
イデアがそう言った途端に晴生と会長が先に走り始める。
「えっなにっ?なに!?」
晴生にアプリを起動させてこっちへ来いと言われたので、イデアアプリを起動させながら足場の悪い道を走っていく。
アプリ起動には前みたいに数日かかることは無くなったが、未だに結構時間がかかる。
なのに巽は先にアプリ解除をして光が身体に纏わりついて消えた。
巽の武器は暗器らしく、アプリを解除すると自然に武器が仕込まれる感じになっているらしい。
俺がもたもたと携帯を見ながら走っていると、石に気づかずつまずいて地面へと滑りこける。
「いってえええ!!!」
下着一枚だったため、地面の小石やら砂が肌に直接擦れてヒリヒリと痛い。
巽と晴生がこけた俺に気づいて一瞬立ち止まるが、すぐに二人して顔色を変えた。
「?」
どうしたんだろうと起き上がった瞬間に、頭の上を素速く何かがかすめた。
髪に何か触れたか?と、後ろを振り返ると、そこには鞭を振り回したイデアが立っていた。
「―――――!!!」
俺は血相を変えすぐさま立ち上がりダッシュで走り出すと、イデアは物凄い速さで追いかけてくる。
怖い!!!怖い!!!!!怖いってえええええ!!!!
半泣きになりながらイデアアプリを解除する暇もなく必死に走り続けたが、遂にイデアの鞭に足が当たり、再び地面へと正面から無様に転げた。
やばいもうだめだ殺される…死と隣り合わせってこのことかよ!!!
後ろに立っているであろうイデアが振り回していた鞭をピンと張った音が聞こえた。
死ぬうううううううううううう!!!!
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【神功 左千夫】
どうやら那由多くんはまだアプリの解除に時間が掛かるようだ。
アプリを解除していない状態ではヒューマノイドのイデアから逃げることは難しい。
晴生くんと巽くんが気を取られているところを見ると那由多くんはイデアに捕まったのだろう。
こんな序盤に捕まったらどうなることやら…
考えるだけで恐ろしかったので仕方なく、進行方向を変える。
生身なら兎も角、幻術のこの体ではイデアに対抗するのは少し辛いが今はそんなことを言ってられない。
「晴生くん、サポート。」
萎縮している、晴生くんにそれだけ言い捨てて僕はイデアの間合いに入っていく。
相変わらずメンバーに入ってほしい程の鞭捌きだ、これで初級なのだから恐れ入る。
那由多くんに跳んできた鞭を間に割り入って三又で浮ける。
「珍しいナ、左千夫。お前が助けに来るなんテ」
「フフフ…流石にこんなところでリタイアされてしまうと修業になりませんので…」
そこからは僕が相手だからかイデアは容赦なく鞭を繰り出してくる。
真剣な顔つきでイデアの鞭を受け流していると晴生くんからの援護の銃声が聞こえた。
イデアの腕が止まったその瞬間に那由多くんを二又に近い柄で掬い上げるようにして巽くんに向かって放り投げた。
「巽くんは那由多くんをそのまま運んで下さい。那由多くんはその間アプリの解除を…」
正直、イデアと対峙していると血が騒ぐのだが今はそんなことをする時間では無いので、晴生くんからの援護を利用しながら後ろに跳躍する。
そのまま地に足がついた途端に走り始めると三人と合流を図る。
イデアは相変わらずの破壊力の鞭を振り回しながら追い掛けて来てはいるが初級なので追い付かれることは無いだろう。
そうしていると絶壁が自分達の前に現れる。
巽くんや那由多くんは手と足を使って登ろうとしてるので、見本の為に先に岩に飛び乗る。
「そんな、登りかたをしているとイデアに追いつかれますよ。
晴生くんは巽くんのサポートを、僕は那由多くんを…」
晴生くんが不服そうな顔をしたが、イデアから逃げながらは巽くんに教えるのが手一杯だと悟ったのだろう。
巽くんのすぐ横を、忍者のように足だけで岩を駆け上がっていく。
さて、問題はこっちだと、僕は那由多くんに視線を戻した。
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【千星 那由多】
結局会長に助けられた俺は、放り投げられた後巽に担がれたままイデアアプリを解除した。
ああ…なんかこのままだと先が思いやられる…。
そうこうしていると、俺たちの前に岩の山が現れた。
どうやらこれを登らないといけないみたいだった。
「……ですよねー」
イデアとはだいぶ距離が開いたが、いつ追いつかれるかわからない。
なんとか岩を掴みながら登ることができそうなので、巽が這い上がっていくのを見て俺も岩へと手をかけた。
すると会長に制止され、巽のサポートを晴生に頼み、自分は俺のサポートをすると言ってきた。
会長の…サポート…。
こちらを見ている会長はにっこりとほほ笑む。
俺はそんな会長に苦笑を返した。
「さすがに俺…晴生みたいにぴょんぴょん飛び跳ねていけません…よ」
やっぱり岩を掴んで登るしかない。
でもそうなるとイデアに追いつかれてしまう。
どうしようかと困っている俺の身体を会長は抱えるように持ち上げ、ぐっと力を入れた。
そして、「多少手荒ですが」と言いながら俺を目いっぱい放り投げた。
「ぅ…えええええええ!!!????」
俺の身体は弧を描く様に岩山へと投げつけられる。
そして、岩があまり出っ張っていない部分に身体がぶち当たると、下へと落下するように身体が浮いた。
やばい落ちる!!
俺は考える暇もなく、剣を岩肌に刺し落ちそうになる自分の身体を必死で支えた。
なんとか落下せずに済み、出っ張った岩の上に足を置いて全体のバランスを整える。
なんか前にもこういう状況あったような気がすんだけど。
それにしても…荒っぽすぎる…。
肩で息をしていると、下にいたはずの会長は、すでに俺の横にある岩に片手で掴まって身体を支えていた。
もう…降りることができなくなってしまった。
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【日当瀬 晴生】
どうやら千星さんも登り始めたようだ多少手荒だが、会長なら落とすことは無いだろう。
天夜が見易いようにとゆっくり岩を蹴りながら登って行くと、ふっと横を過ぎていく影が現れた。
「楽しいね!これ!」
ピキッと俺の額に青筋が立つ、人がせっかく登りやすい岩を選んでやっていると言うのに、アイツはそんなことお構い無しに登ってやがる。
「上等じゃねぇか、天夜!!!!」
既に俺は目的を忘れて、最短距離の岩に足を掛けて登って行く。
それに天夜は楽しそうについてくるのでまた、難い。
その時上から岩が落ちてきた。
「追加訓練ダ。」
どうやら、特殊な仕掛けをしてあったらしい。
しかも、岩は俺達の方だけ転がってきた。
イデアさんどんだけするですか!?
俺も天夜も器用に岩を避けていく。
正直、初めてでこれだけできる天夜は凄いと思ったが俺も負けるわけには行かないので睨むように見つめる。
アイツも満更じゃ無いようで強い瞳で返してくる。
「勝負だ、天夜!!」
俺たちは当初の目的を忘れていた。
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【神功 左千夫】
やれやれ、彼を特訓している筈なのになぜだか自分も特訓に巻き込まれている。
正直、他人を守りながらイデアから逃げるのは至難のわざだ。
那由多くんは観念したのか足で蹴って岩を登り始めた。
この崖は絶壁とまでは行かないなだらかな部類なので彼でも頑張れば登れるだろう。
時折足を踏み外したり、壊れる岩を掴んだりと、センスの欠片も無い動きをするのでその時はまた、腕を掴んで放り投げてやる。
基本、僕は余り人を助けないのだが、なんというか…
ここまでひどいと助けざるを得ない、途中から柚子由のほうがまだ出来るのではないかと思い始めた。
そうこうしているうちに頂上が見えてくる。
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【千星 那由多】
薄暗かった空はだいぶ明るくなり、頂上へと到達するころには俺は汗だくで、やっとの思いでてっぺんへと這い上がった。
身体を平たい地面にごろんと転がし、肩で息をする。
そこかしこ生傷だらけで、腕が震えるほど痛く指先からも血が滲んでいる。
巽と晴生は闘争心むき出しでさっさと登っていったが、頂上へ達すると二人ともこちらへ向かってきた。
寝転がってる俺に巽が手を差し伸べてくれたので立ち上がると、そこには想像もしていない景色が広がっていた。
「…か、川…」
山の向こう側に川が流れていた。
しかも流れも速く、ここから川までの高さが結構ある。
「もしかして…これ…飛び…降り……」
会長の方を見ると、そうですよと言わんばかりににっこりとほほ笑まれた。
「無理ですよ!!俺高いところ無理なんで無理です!!!」
さっきの岩山はそこまで急斜面ではなく、なんとか下を見なければ大丈夫だったが、今度は絶壁の向こうの川だ。
観覧車でも怖い俺は、バンジージャンプなんか持っての他だった。
だがしかし、先ほど登ってきた岩山の向こう側でイデアの鞭の音が響いているのが聞こえてくる。
無理だとか…言っていられない…らしい。
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【天夜 巽】
結局、頂上までは日当瀬との勝負に熱中してしまった。
那由多は会長に手伝って貰ってなんとか登れたようだが呼吸が荒い。
那由多を引き起こしながら会長を見てみると、那由多と一緒に上がってきたとは思えない位涼しい顔している。
…この人化け物なのかな。
次に見える絶壁の下の川には流石に俺も息を飲む。
結構流れが速い上に、この寒さだ、心臓麻痺を起こさないか心配だ。
ゴクリと、喉を動かすと横から日当瀬の声が聞こえる。
「へっ!ビビってんのかよ。なら、ここは俺の勝ちだな。
じゃあな!イデアさんにつかまっちまえ!」
そう言い捨てて、日当瀬はそのまま銃を片手に飛び込んでいく。
その時は、かなり興奮していたので俺もそのまま飛び降りてしまった。
「そう簡単には負けられないからね!」
空中で日当瀬を見ながらニコッと笑みを浮かべると舌打ちされてしまった。
そう言えば那由多を置いてきてしまった。
「大丈夫ですよ。那由多くん、飛び降りたら後は落ちるしかない。
では、先に行きますね。」
高所恐怖症の那由多が気になり落ちながら頭上を見上げると会長が落ちてきた。
しかも頭からだ。
俺達よりも速い落下スピードで水飛沫無く川に先に着水していった。
もはや、人間業ではない。
いや、精神体の時点で人間では無いのか?
そう思っている間に俺と日当瀬も大きな水飛沫を上げながら着水した。
流石に氷るほど水は冷たかったがパンツ一枚だったおかげで泳ぎやすかった。
そのまま流されないように、近くの岩に捕まり上を見上げる。
「那由多くん!フォローはしますから、速く飛び降りてしまってください!」
「千星さんなら、大丈夫っす!」
「那由多!早くしないとイデアちゃん来ちゃうよ!」
思い思いに言葉にするが、青ざめている那由多に聴こえているかは謎だった。
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【千星 那由多】
晴生に続き、巽までも川に飛び込んだ。
もうこいつらなんなんだよ…喜んで滝壺に飛び込む小学生かよ!!!
俺はその光景を見ながら身を震わせる。
そして続いて会長も飛び込み、綺麗に水しぶきをあげながら着水したのが見えた。
「無理…無理だってぇ…」
フォローしますとか言われても落ちる感覚が無理なんだから飛び込むこと事態ができないんだよ!!
高所恐怖症の気持ちを考えたことがあるのかコイツら!!
…まぁわかんないだろうな…。
小さいころ、遊園地で巽にジェットコースターへ無理矢理乗せられ、失神&失禁した思い出がよみがえる。
もうあれからジェットコースターには乗らないと決めたし、高い所にも極力登らないようにした。
それが今!!なんで!!難易度あがってんだよ!!!
足が自然に震える。
巽たちの声はもうすでに俺には届いていなかった。
でも、でもでもでも、あの恐怖のイデアがもうすぐ来てしまう!
イデアに捕まるか…川に飛び込むか…。
どっちも…嫌だ…。
そんな葛藤も空しく、右足首を誰かに捕まれた感覚が伝わる。
「……」
俺は恐る恐る振り返ると崖の向こう側からイデアの顔が覗き、足首はしっかりと冷たい白い手で掴まれていた。
「ナユタ、つかまえタ」
そういうイデアは俺の足を掴んだまま崖の上へと登ってくる。
「だああああ!!!やめろおおお!!!離せええええええ!!!」
その手から逃れようと足を両手で掴んで引っ張るが、イデアは軽々と俺の片足を掴んで逆さ吊りにする。
「罰ゲームだナ」
そう言って俺は濁流の川へと放り込まれた。
ここから記憶はない。
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【日当瀬 晴生】
千星さんがここまでの恐怖症なら、一緒に飛び込んで上げれば良かった。
結局、イデアさんに放り込まれた千星さんは落下途中で気絶していたので会長が受け止めた。
そのまま、三木が火を起こしてくれている下流まで魚を取りながら泳いできた。
それから、直ぐに千星さんは気が付かれたがイデアさんが「お仕置きダ」と、今は木に逆さづりにされている。
すいません、千星さん。
助けてあげたいのはやまやまですが、俺にはどうすることもできません!
俺が不甲斐なさに拳を握っていると会長がイデアさんに進言してくれた。
「イデア。もうそれくらいにしといてはどうですか?
調度、魚も焼けましたし、昼からはもっとハードなのでしょう?」
「仕方ない、許してヤルカ。降りていいぞ、那由多」
イデアさんから許しがでた。
鞭の柄でつつきながらではあったが。
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【千星 那由多】
川に飛び込めずイデアに捕まった俺は、罰ゲームで抵抗も空しく木へと吊るされた。
目の前には火を焚いて魚を焼いている会長達が逆さまに映っている。
もうマジでやだ……。
木に吊るされるなんていつの時代の拷問だよ…。
俺は頭に血が上っていくのを感じながら抵抗する力も無く力なく脱力していた。
そして、会長の優しい言葉に俺は降ろされることになる。
もうさすがに顔が真っ赤で意識が飛びそうなぐらいだったのでかなり助かった。
イデアは柄でつつくだけで自力で降りろと言いたげだったので、見かねた三木さんが降ろして縄を解いてくれた。
「…もう…もうやだ……ぶえっくし!!」
びしょ濡れで身体も冷え切ってしまっているので、このままでは風邪をひいてしまう。
三木さんにタオルを渡され、火の方へと行くとその暖かさに涙が出そうになった。
昼からがもっとハードとか…。
今までで一番(裏)生徒会に入ったことを後悔したことは黙っておくことにしよう。
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【三木 柚子由】
本当は皆の足を引っ張らないように私も一緒に特訓したいのだけど、いつも左千夫様に止められてしまう。
千星くんを下ろした後皆で一緒にご飯を食べた。
食べたと言っても皆が取ってきてくれた魚と持ってきたお米を炊いたご飯、後はここの畑になっている野菜や果物くらいなんだけど。
ここはイデアちゃんの特別な訓練場所。
機械で管理されている畑も合宿出来るような施設もある。
また、秘密抜け道で学校にも繋がっているらしいのだけど、私もまだ詳しくは分からない。
皆はよっぽどハードだったのか、左千夫様以外凄い勢いで平らげていっている。
昼食を食べた後、皆の体が温まった頃にイデアちゃんがいつものように仁王立ちした。
「今から、第二部に入る。
晴生と巽は組手だ。くれぐれも死ぬことの無いように。柚子由見といてやれ」
「あ。はい。」
見るといっても、止めることなどできないので本当に見るだけになっちゃうんだけど。
「ボッコボコにしてやるぜ。」
「この前、僕に負けたばかりでしょ?」
「な!あれは弾切れだったんだよ!」
早速二人はヤル気満々で歩いていってしまった。
私で大丈夫かな…。
千星くんと会長は別メニューみたい。
主に千星くん用つくったメニューみたいだったけど大丈夫かな。
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【千星 那由多】
食べ終わった後、俺と会長は晴生と巽とは別の特訓をすることになった。
会長が魚を焼いていたたき火をたいまつに移しているのを見て何だか嫌な予感がする。
そのままイデアの後に会長と一緒についていくと、人が一人通れるくらいの幅で、数メートルほど木や草を組んで道が作られていた。
「……」
会長の方を見ると、持っていたたいまつの火を、その木の道へと移した。
ごうっと言う音を立てながら一気に火は引火し、見る見るうちに火の道へと変化した。
あー…絶対これ……。
そう思った時、イデアがまた鞭を地面へと打ち付ける。
「ナユタ、歩ケ」
俺の思っていたこととイデアの口走った言葉は完全に一致していた。
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【神功 左千夫】
「無理だ!絶対無理!!」
那由多くんが大きく首を振る。
暫く「歩ケ」と「ムリ」を交互に並べていたが、イデアが業を煮やしたのか、那由多くんの足に鞭を絡め火の中に放り込む。
勿論、表情はない。
「アヂィィイイイイ!!!!」
想像通りの結果だった。
那由多くんは悲鳴をあげて慌てて火の道から飛び出る。
地団駄を踏み、足の裏を何度も地面に擦り付ける。
「殺す気か!!!!」
「あれくらいでシねるト思うノカ」
そんな押し問答を耳にしながら僕はたいまつを消えないところへと置く。
「取り敢えず、無理だ!無理!人間が火の上を歩ける訳ないだろ!!」
「サチオなら歩けるゾ」
ぐるりと那由多くんが嘘ですよねと、言いたそうに此方を見る。
…とばっちりもいいところだ。
「やれやれ、精神体の僕を酷使してくれますねぇ」
首の後ろを撫でてから燃え盛る道へと近付いていく。
火に差し掛かる前にイデアアプリを解除し、一呼吸置く。
それから頭の中で一つのイメージを固めてからゆっくりと火の上を歩いていく。
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【千星 那由多】
嘘…だと思ったら本当に会長は火の上を歩いている。
全然熱そうじゃないし、肌や服が燃えている感じもない。
精神体だからか?
お化けみたいなものなのか?
俺は優雅に火の上を歩いて行く会長を茫然と見つめていた。
渡りきると、会長はこちらに向けて微笑む。
そしてイデアがそれを見てフンッと荒っぽく鼻息をついた。
「ホラ、デキルだろウ。ヤレ」
いやいやいやいや!!!!
だからって俺にできるわけ……いや、でもできるのかな?
会長はさっきイデアアプリを解除してから火の上を歩いた。
もしかしたらアレが関係あるのかもしれない。
川に投げ入れられた後、一度武器は携帯に戻ってしまったが、すでに昼休憩時にまた必要だろうと思って先にアプリは解除してある。
握っている剣を見つめ、ブラックオウル戦で火を出したことを思い出した。
あの感覚…。
実際あの瞬間の記憶はあまり鮮明ではなかったが、もしかしたらこの剣があればできるかもしれない。
これってそういう特殊な武器なのかも。
それに、少しでも感じた可能性を試してみないと、永遠に裸足でこの火と対峙しなければならないかと思うとゾッとした。
…物は試しだ!会長もできたんだ…し…!
ぐっと拳を握り気合を入れたがかなり不安だ。
じとっとしたイデアの真っ赤な目が「早くシロ」と言いたげにこちらを見ている。
と、とにかくやってみよう…。
俺は火の前に立ち剣をかざす。
火に刃が当たり、熱を持っているような気がした。
だけど何故か身体は火の近くにあるにも関わらず、先ほどよりも熱が伝わってこない。
火にあぶられる刃をじっと見つめた後、俺は目を瞑り祈るように頭の中で繰り返す。
「歩ける歩ける歩ける歩けないと…やばい!!」
目を見開き大きく息を吸った俺は、火の道へと一歩足を踏み出す。
熱ッ……い…?
いや、熱い、けど、そこまで熱くない。
え?マジで?マジでマジでマジで!!!!???
俺はゆっくり歩いていたが最後には小走りになって火の道を渡りきっていた。
ちょっと下着は焦げていたけど。
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【神功 左千夫】
ゆっくりと、那由多くんはこちらに歩いてくる。
どうやら那由多くんは能力とあの剣が深いかかわり合いがあると思っている様子だ。
その考え通りに剣を火に翳すだけでうまく精神統一できている。
剣の能力ならイデアは変わった武器をつくったものだ。それとも…。
そう考えているうちに那由多くんは小走りになる。
すると、自然に集中も途切れるので少し熱そうに見えた。
「何か掴めそうですか?
イデアの特訓には意味があります。
僕に火を渡らせたのは、火に面する部分だけ本体に返す訓練です。
君にも何か理由があってこの訓練を仕向けたんだと思いますよ。」
下着についている火の粉を槍を回す際の風圧で払ってやる。
「僕が精神体になることは余り無いんですがね。」
いつもの微笑みを浮かべながらもう一度と、言うように那由多くんを火の道へ促してやる。
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【千星 那由多】
何か掴めそうか…と聞かれればなんとなく掴めたような掴めてないような気持ちだった。
要するにあの時みたいに火に集中すれば、自在に火を操ったりもできるってことか?
でもこの剣がないと無理なんだよな…?
うーんわからん!
そして会長に再び火の方へと促されたので、正直一回だけで勘弁してほしかったのだが、また同じことを数度繰り返すこととなった。
最後の方は集中力が途切れてかなり熱かったけどなんとか大やけどにはならずに済んだ。
そして、これはなんの意図があっての修行だったんだろうか…。
とにかく、俺も一歩超人に近づいたってことかな。
自分が「普通の人間にはできないこと」ができたことが少し嬉しかった。
ニヤついていると、イデアが鞭で尻を叩く。
「いだっ!!!!」
「サッサと次へイクゾ」
「…はぁい…」
火を消化し終えた後、またイデアの後ろについていく。
そこで、俺はさっきの会長の話で少し疑問に思ったことを投げかけてみた。
「あの…会長…」
おずおずと会長に声をかけると、なんですか?と爽やかに笑顔を返される。
なんだろうこの人のこの笑顔は。男の俺でもドキッとしてしまう。
「…なんで便利なのに精神体で生活しないんですか?」
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【神功 左千夫】
「簡単な話です。
…本体が無防備になるからですよ。
今はレゲネの試験管の中に居るので大丈夫ですが、日常でやってしまうと本体を守れませんからね。
後、長く肉体から離れると、本体が鈍ってしまいます。
精神体でトレーニングをして防ぐこともできますが、やはり離れていた感覚を戻すには時間が掛かりますからね。」
色々面倒なこともあると、伝えながら次の場所に移動していく。
レゲネのことを口にしたからか少し那由多くんが暗くなった気がしたので更に笑みを深める。
「大丈夫ですよ。レゲネは僕が動いているデータを取りたかった筈です。
今はきっと寝たままの僕を必死に起こしてるんでしょうね。」
研究員たちが慌てているだろう様子を思い浮かべるとおかしくて笑いが込み上げてしまう。
そんな、含みのある笑みを浮かべていると、滝に到着した。
「次はココダ!」
イデアの声がこだまする。
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【千星 那由多】
「……滝…」
目の前には大きな濁流の滝が流れていた。
この山なんでこんなに色々揃ってんだよ…と突っ込みたかったがやめといた。
滝ってことは…やっぱりこれに打たれるっていうよくある修行か?
水しぶきが散って辺りは他の場所より冷える。
さっき水の中に落とされたばかりなのに、またびしょ濡れになるのか…。
俺は深くため息をついた。
「トリアエズ、入れ」
ですよねー!!
しぶしぶと水の中へと足を入れる。
深さは無いがかなり冷たい。
身震いをしながらそろそろと浸かっていると、イデアに鞭で叩かれる。
「ダラダラするナ」
何もぶたなくていいじゃねーか!!
身体の半分が水に浸かり、物凄い勢いで流れている滝を目の前にする。
俺…滝に打たれたことないけど…骨折れたりしないかな…。
打たれる前から俺は半泣き状態だった。
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【神功 左千夫】
次は滝に打たれる修業に入ったので終わったとき用のたき火を作っておく。
相変わらずの嫌々な那由多くんをイデアが押し込んでいるところは変わらない。
「那由多くん。さっきの応用ですよ。」
僕はそれだけ言葉を掛けると、調度ここから見える晴生くんと、巽かんに視線を向けた。
「なかなかやるじゃねーか!!」
「そっちこそ!この前みたいに弱かったらどうしようかと思ったよッ」
「ッ!相変わらず嫌味な野郎だぜ!」
若干晴生くんが押され気味のようだったが彼は元から後方支援で実力を発揮するタイプだ。
それにちゃんと山と言う地の利をいかしながら攻撃している。
元より彼は喧嘩慣れしているので、経験値はかなり高い。
「まだ、詰めは甘いですがね…」
巽くんは戦闘経験が少ないが持ち前の運動神経の良さと武器の相性が良いらしく、前見たときよりも仕上がりがいい。
と、言ってもまだまだ荒削りなのだが。
僕は自分の理想の(裏)生徒会が形成せれていってることに自然と口角が上がる。
「全ては僕の理想通り…後は…。」
そう呟きながら滝の中の那由多くんを見詰めた。
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【千星 那由多】
さっきの応用、とだけ言い会長はにっこり笑った。
応用…と言われましても。
俺は息を飲み、震える身体を擦りながら濁流の滝を見つめる。
さっさと打たれた方が寒くないかもしれない。
意を決して俺は流れ落ちる滝の中へと突っ込んだ。
「あだあああああああ!!!」
痛い!
冷たい上に痛い!
俺はすぐに滝から離れる。
イデアの視線が更に俺の身を震わせた。
さっきの応用、という会長の言葉の意味を考える。
俺は剣を両手で構え、すっと流れる滝にかざす。
かなりの威力の水圧に圧倒されるが、そのまま重みを感じながらゆっくり左右へと動かした。
ああ、なんかこうやって流れる水を見て、音だけ聞いてると周りに誰もいないような感覚になってくるな。
これが雑念が消えるというやつなんだろうか。
剣をかざすのをやめ、背中からゆっくりと打たれていく。
強烈なマッサージを受けている気分になり顔が強張るが、次第に包み込まれているような感覚になってきていた。
中腰になり水に胸まで浸かり、なんとかそのままの体勢でゆっくりと目を瞑った。
冷たさ、痛み、滝の音だけの世界になり、次第に他のことを何も感じなくさせてくる。
自分の狭い世界の全てが滝の流れに凝縮される気がした。
こういう感覚を持てば、雑念を取り払えるのだろうか。
その内、脳内はやけにクリアなのに、俺は無駄なことを何も考えなくなっていた。
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【神功 左千夫】
初めはどうなるかと思ったがどうやら彼は水と一体化できたようだ。
どういう仕組みかは僕には分からない、いや、きっと分かる気もない。
元より僕の戦闘スタイルは個人戦。
生徒会メンバーでの戦闘など考えたこともなかったが、今回のブラックオウルの件で、自分を守れる程度の力は身に付けてほしいと思った。
しかし、きっと那由多くんにはそれが無理だと思ったので巽くんを、迎えたまでだ。
晴生くんの戦闘能力にかわない訳では無いが僕は純粋に会計としての彼が欲しい。
那由多くんに、してもそうだ。
僕は彼の字に惚れた。
なので、戦闘で殺されようが代わりを探せばいいと言われたらそれまでなのだが。
僕の中での代わりはなかなか見つからないだろう…きっと。
それでも、彼は僕の考え以上に与えられた能力、武器を使いこなしていると思うほど
「ふふふ、嬉しい誤算ですね。」
那由多くんが滝に打たれている姿を見つめていると、不意に視界に良からぬものが映る、
それは大きな流木がまさに那由多くんの頭上から流れ落ちようとしているところだった。
一気に地を蹴り、那由多くんの元に向かう。
「那由多くん!!危ない!」
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【千星 那由多】
滝に打たれていると周りの音はまったく聞こえない。
水が流れる音と自分の鼓動………だったんだが。
何か別の大きな音が聞こえる。
こちらへ向かっているような。
それは頭上に接近していた。
目を開くと会長がこちらへ飛んできている。
この不安感は…。
俺は考える間もなく剣を正面へかざし空中に「水」という字を書いていた。
それは水色の光る線を纏った後、渦をまくように大きな水しぶきをあげ、滝の水と一体化する。
その体勢のまま、水中で足を踏ん張り力任せに剣を上へと振りあげた。
「――――ッ!!!」
すると、滝の水は剣を翳した方向へと逆流し、辺りの水も重力に反して舞い上がる。
視界の端で大きな流木が空に舞い上り、イデアの横へと落ちたのが見えた。
「……う、ええ…?」
逆流する水しぶきの中、俺は目を丸くした。
そして、一気に上に舞い上がった水に重力が戻り、大雨のように降り注ぐ。
俺を助けにこちらへ飛んで来た会長と、傍で見ていたイデアがびしょ濡れになったのが分かった。
そして俺はと言うと、滝に打たれた時に麻痺していた感覚が戻ったのか、痛みで身体の力がうまく入らず、水の中に顔面から倒れた。
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【神功 左千夫】
ザッバァァァァン!
僕もイデアもずぶ濡れだ、主に那由多くんのせいで。
しかし、期待していなかった彼の能力は未知数。
それは決定事項となった。
溺れかけている彼をイデアが鞭で拾い上げて、無表情でじっと見つめている。
ヒューマノイドだが、今までに触れたことの無い人種故に思うことがあるのかも知れない。
柚子由が慌ててこちらに走ってきた。
きっと、晴生くんと巽くんが力尽きたのだろう。
さて、半ば無理矢理始めさせられた(裏)生徒会だったが楽しめそうな気配に口許に笑みが浮かぶ。
こうして、今日の特訓は終わりとなった。
それにしても、那由多くんの字は僕好みだ。
もっと彼には仕事をしてもらおう。
明日からの学校に備えて僕達は帰途についた。
■Mission No.20 「彼らの正義」
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