【天夜 巽】
あの後、三木さんは特訓中に倒れてしまった。
会長から言われた言葉がよほどショックだったんだろう。
弟月先輩に任せて僕らはそのまま特訓に取り組んだ。
確かに会長は酷かった。
意を決して助けに行った俺達を彼は一括した。
でも、敵と戦ってみたらその意味は分かった。
確かに今の俺達では手も足も出ない。
こんなに酷い実力差があるとは思わなかった。
いや、経験知の差。と、言ってもいいかもしれない。
彼らは戦うことに対してとても慣れている。
色々もやもやしながら、また今日の特訓は終わってしまった。
いつも食事をとる休憩室に帰るとそこに三木さんはポツンと座っていた。
両手を膝の上に置きぎゅっと握りしめている。
どうやら、まだ何か悩んでいる様子だった。
「三木さん。」
俺が声を掛けると同時に那由多と一緒に近づいていく。
日当瀬も一歩遅れて付いてきた。
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【千星 那由多】
三木さんの元へと近づくと、三木さんはごめんね、と困ったように笑った。
いつものような笑顔ではなく、まったくその表情には元気がなかった。
「だい、じょうぶですか?」
大丈夫なわけないのに、そんな言葉しかかけることができなかった。
三木さんはそのまま大丈夫…とだけ呟き俺達の間に沈黙が流れる。
俺はその空気に耐えかねて、何も言わずにキッチンへと向かった。
キッチンではイデアが料理を作っている…
はずなんだが、チェーンソーやら鋸やら意味のわからないものまで並んでいたので、それを横目に俺は食器棚からカップを取り出した。
ここに来たのはコーヒーを淹れるためだ。
俺は三木さんの淹れてくれたコーヒーを、(裏)生徒会室で飲むのが大好きだ。
最初は落ち着かなかったあの場所も、今は顔を出すこともできない。
あそこにまたみんなで集まりたい、三木さんの淹れてくれたコーヒーを飲みたい。
と言っても俺はインスタントしか作れなかった。
四人分のカップに急いでお湯を注ぐ。
それをお盆へと乗せ、こぼさないように再び休憩室に戻った。
巽と晴生は目を丸くしていたが、俺はそれを無視して三木さんの前へとコーヒーカップを置いた。
「三木さんが淹れてくれるコーヒーみたいに、うまくできませんけど…。
ほら、巽と晴生の分」
そう言って二人に座るように促し、俺達は座り込んでコーヒーを飲んだ。
コーヒーは苦かった。
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【三木 柚子由】
結局何も出来ずに左千夫さまの元から帰ってきた。
途中に私の体は絶有主の副会長が乗り移っていた。
彼は私の体にも関わらず、軽々とドイツの留学生を薙ぎ払って見せた。
『ちゃんと、鍛えてある良い体なのに、勿体無いね。』
彼は私の精神にそう語り掛けた。
もしかしたら私でも戦えるのかもしれない。
その思いばかりが頭の中を回る。
また、考え込んでいると千星君がコーヒーを持ってきてくれた。
それは、なんだか(裏)生徒会を思い出させる光景で、私の目に涙が浮かんだ。
その表情を見せないように俯いて必死に目尻を拭う。
「私決めた。
左千夫さまになんて言われようと、また、皆で生徒会室で、……お茶飲みたいから。」
そう告げると、千星君の淹れてくれた紅茶を手に取って一口喉へと流し込む。
「ありがとう、千星君。私、左千夫さまに嫌われるのが怖くて、ずっと悩んでたんだけど…
能力の共有、させることにする。
嫌われてもいいから、左千夫様を助けたい。」
そう言って千星君に笑いかけた。
きっと今までで一番良い笑顔が出来た筈。
「な!!三木!テメェ!会長が何のためにお前に能力を与えなかったと思ってんだよ。」
日当瀬君が声を荒げる。
でも、私はもう決めてしまった。
私のピンクの携帯に付いているストラップ。
十字架の形にバラが巻き付いた細かいデザインのペンダントトップをそこから取り外す。
調度厨房から出てきたイデアちゃんにそれを差し出した。
「ごめんね。
やっぱり、左千夫さまが大事。
左千夫さまの言いなりになることを彼は望んでいるけど、…これだけは譲れない。」
真っ直ぐに日当瀬君を見つめると彼は困ったように髪を掻き乱す。
そして、天夜君は不思議そうに日当瀬君を見つめた。
「どういうこと?」
「一度開花した能力は元に戻すことが出来ない、だからきっと、会長は三木をお飾りの副会長にしたんだ。
まぁ、能力の共有は副会長だけに与えられる特権だからな。能力開花とは少し別もんだが……。
なんにせよ、会長の能力値はたけぇんだよ、それが少しでも使えるとなると狙われる確率も高くなる。」
日当瀬君が説明している間に、私はペンダントトップをイデアちゃんに手渡した。
「イイノカ?柚子由」
そう聞かれて私は深く頷いた。
「ちゃんと、左千夫さまを連れて帰って来ないと屋敷の皆にも怒られる…と、思う。」
そう告げると皆が不思議そうな顔をしたので、更に私は唇を開いた。
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【千星 那由多】
三木さんが俺が淹れたコーヒーを飲んで言った言葉。
「皆でまた(裏)生徒会室でお茶を飲みたい」
なんだか女の子らしいかわいい発言に照れてしまったが、俺もまったく同じ気持ちだとその時感じた。
任務をやることも大事だと思うけど、なによりみんなとあそこで一緒にいる時間が俺にとっては大切なんだな、と三木さんの言葉で気づかされた。
ありがとうと言われ微笑んだ彼女の笑顔はいつも以上に明るくキレイで、一瞬見とれてしまった俺は顔を赤くしながら何も言わずに俯く。
その後のやり取りを聞いていると、どうやら三木さんでも能力が使えるようになるらしい。
話を聞くだけではよくわからなかったが、そうなれば彼女も戦うことができるんだろう。
少し不安だったが、三木さんが決めたことだ。
反対はしないし、できるような立場でもないだろう。
それに彼女は一度決めたら曲げない、そう言った心意気を持ち合わせている。
俺なんかより、ずっとずっと芯が強い。
晴生はどうやら会長の意思を尊重し反対をしているようだった。
俺はコーヒーへと口をつけながら、間に口を挟むとややこしくなりそうだったので、ずっと三木さんが喋るのを黙って聞いていた。
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【三木 柚子由】
「イデアちゃんには話したことあるよね。
私はストリートチルドレンや、身寄りのない子供たちと一緒にくらしてるって。
私も身寄りのない子供と似たようなもの、なんだけどね。」
そう、それは、あの日。
私は左千夫さまに出会った。
あの日のことは今でも忘れない。
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【神功 左千夫】
僕は念願叶って神功財閥の養子となった。
全ては手はず通りといったところか。
今は父上について病室に来ている。
父上は調度会社からの電話だと抜けられたが。
母が不機嫌そうにベッドに寝ている女を見つめているとそこに父ではない男が入ってきた。
「どういうこと!あなたがちゃんと育てるっていったから産んだんじゃない?」
「は!?んなこと聞いてねぇよ。
産むだけ産んで押しつけやがって。ここまで、育てただけでも感謝してほしいぜ?」
どうやら、ベッドで寝ている子は母の愛人の子供らしい。
そんな、子供の様子まで見に来る神功家総裁。
僕の義理の父親の懐の広さに尊敬を通り越して呆れさえ感じる。
そういえば、先程看護師がこの子は薬が効かないと言っていた。
治療をしたくても出来ないのだと。
僕みたいに人身売買に掛けられたら高値が付くでしょうね。
母と元愛人はまだ、言い争っている。
どちらが治療費出すかで揉めているようだ。
どちらもこの少女をいらないいらないと、言っていた。
まったく。必要ないなら産まなければ良いものを。
そうおもって気を失っている少女に視線を向けると頭に直接声が響いた。
『あなたは…だれ…ですか?』
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【三木 柚子由】
私はベッドの上で気を失っている。
でも、声だけはクリアに響いていた。
どうやら、父と母は私の治療費で揉めているようだ。
私がこのまますぐ死ねばこの問題は解決するのかな?
どうやったらしねるのかな。
と、考えていると、目の前に人影が現れる。
あまりにも綺麗な顔をした男性に、私は頬を染めた。
『あなたは…だれ…ですか?』
夢かなとも、思ったけれど名前が知りたくて私は声を掛けた。
私の予想に反して彼からは確りした言葉が返ってきた。
『おや。君は僕の精神に介入できるのですか?』
『精神?介入…?』
『どうやら、わかってしているわけでは無いようですね。
君、名前は?』
『ゆずゆ、三木柚子由…です。』
『では、柚子由。
これも何かの縁です。僕と取引しませんか?
君が僕の人形になると言うなら君を助けてあげましょう。』
彼は見たこともない美しい笑顔で私に笑いかけてきた。
でも、このときの私には生きる気力がなかった。
『ごめんなさい。折角ですが……。
誰も私のこと要らないみたいなんです。』
言葉にすると涙が溢れてしまい隠すように俯いた。
彼は更に私に近づき親指で涙を拭ってくれた。
『言ったでしょ?僕の人形になりませんかと。
僕にはお前が必要です。』
この日、産まれて初めて人に必要とされた私は深く頷いていた。
後から、彼が実母の本当の旦那である神功忠仁の養子だと知った。
彼が煎じた薬とその薬の効果を上げる催眠術に寄って私は退院することができた。
私の父にも話をつけてあり。
私は、彼によって廃墟に連れてこられた。
中はホテルのように、きれいに整っていた。
そこにはストリートチルドレンや親が居ない子供たちが協力して暮らしていた。
「お前も今日からここの一員です。
好きな部屋を使うといい。」
それが、私と左千夫様の出会いだった。
彼は私に新しい生きる道を与えてくれたのだ。
先程イデアちゃんに渡したのは左千夫さまが私を治療するときに使うもの。
地区聖戦が有るとわかったときに渡されたものだ。
左千夫様にに何かの有ったときに、自分で治療できるようにと。
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【千星 那由多】
淡々と自分の過去を話す三木さんの表情をずっと見ていた。
辛い思いもたくさんしてきたんだろう。
だけど彼女は涙も流さずに、その過去を語ってくれた。
きっと会長と三木さんは切っても切れない鎖で繋がれている。
それによって彼女が身動きがとれないとも傍から見れば見受けられる。
もちろん彼女はきっとそれが心地よい部分でもあるんだろう。
それでも、会長の言いつけを破ってでも、俺達と一緒に戦いたいんだ。
守られるだけでは嫌だ、俺もそれは心が痛いほど理解できた。
思わず自分が泣いてしまいそうになるのをグッと堪える。
イデアが無表情のまま、三木さんが渡したロザリオのペンダントトップを見つめていた。
「…俺は、賛成かな。
って俺が言うのも変だけど、三木さんの気持ちも尊重してあげたい。
会長がめちゃくちゃ怒ったとしても、俺は三木さんの肩を持つ………正直怖いけど」
みんなは俺の言葉に頷くことなく三木さんの方を見つめていた。
「三木さん、…一緒に戦いましょう。んで、またみんなでお茶しましょう。」
そう言って照れたように笑うと、イデアがため息のようなものをついた。
「仕方ナイ。ココにいる全員同罪ダ。サチオに殺されテモ知らナイカラナ」
そう言ってイデアはポケットの中へとロザリオを入れ、キッチンへと戻っていった。
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【フリーデル】
「九鬼サマ。作戦は手筈通りに行きました。
ローレンツが出すぎた真似をしてすいません。」
ここは九鬼様が所有するマンション。
その中のいつも彼が休まれている部屋に私は居る。
先日のリンチの作戦は本当は‘みせかけ’で行う予定だった。
露呪祢高校に場所だけを貸してもらい、ローレンツの幻術によりそういう行為を行ったように見せる。
そういう、作戦であったが。
ローレンツは露呪祢の不良達が愛輝凪の(裏)生徒会に恨みを持っていることを知り。
このような計画を立てたようだ。
ローレンツは私たちの母校、オースタラ高校の(裏)副会長である。
母校を思う気持ちは同じでも考え方は違うため賛同できない部分もあるが、九鬼サマが許されたなら仕方がない。
それに、地区聖戦を考えると同盟を結ぶ準備をしておく方が得策であろう。
神功左千夫はワンマンスタイルであるのでそのようなことは考えていないようだ。
我々から思えば浅はかだと思う。
もう二度と私は(裏)生徒会絡みで犠牲者を出したくない。
それには政府の言うことを聞きながら、他校との信頼関係が絶対的に必要だ。
「それにしても、本当にいいのですか?
神功左千夫の手当をしなくても。
彼の肉体はかなりのダメージを負っていますが…」
寧ろあの傷でまだ動ける方が不思議だ。
本当の化け物を見ているようだった。
九鬼サマはいつもの飴を舐めながら書類を眺めていた。
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【九鬼】
「ま、ローレンツも何か思うことがあったんでショ。
ボクの考えとは少し違ったけど、そこまで気に病まなくていいんじゃナイ?」
フリーデルはボクによく尽くしてくれる。
しっかりしてるけど、ちょっとボクのことを気にし過ぎな部分があった。
オースタラでの(裏)生徒会では色々あったし、彼女も色々と気を張っているんだろう。
でも干渉されるのは好きじゃないから、話半分に適当に返事をした。
左千夫クンの怪我を治さないのかと言われ、少し眉間に皺が寄ったのを隠すように笑った。
「んーいーのいーの、ちょっと腹立ったから。
彼なら大丈夫でショ」
あの状態になってまで精神体になり彼らを逃がそうとした心意気は褒めてあげてもいいけど、せっかくの作戦が彼のせいで台無しになってしまった。
少しぐらい甚振ったって問題はナイ。
ボクは飴をかみ砕きながらフリーデルにそう言うと、書類を無造作に机の上へ放り投げ、モニターへと目をやった。
モニターには地図が表示され英数字やポインターが動き回っている。
「ディータはよくやってくれたよ。
まさかあの三木って子に噛みつかれるとは思ってなかったけどネ」
顎に手を付いて口端を上げて笑いながらじっとモニターを見つめる。
ディータが三木にやられたのは多分別の力が介入したせいだとは思っている。
誰かは大体想像がつくが、今また話をややこしくしても仕方がないからこの件はみんなには黙っておいた。
「ディータが千星那由多に付けた発信機に誰も気づかなかったみたいだし…。
アジトの特定にはあと何日かかる?」
「すでに大体の位置は把握できています。あとは時間の問題かと」
ボクは機嫌がよくなり、舌をリズム良く鳴らしながらフリーデルへ向けた視線をモニターへと戻した。
「早く見つからないかなァ…正直戦いたくてウズウズしてるんだよネ…」
そう呟きながら自分の中の「黒鬼」を抑え込むように喉で笑った。
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【日当瀬 晴生】
あれから、何の音沙汰もなく二日過ぎた。
リコール宣言が解除されるまで後、10日。
俺たちは今まで通り黙々と訓練を繰り返している。
また、あのような卑劣な罠があったときに今度こそ助け出されるように、だ。
三木は流石会長の能力を分けて貰ってることもあり、自分の身は自分で守れるほど強くなったと思う。
また、幻術相手に訓練できるのでそれはそれでありがたかった。
しかし、嵐は突然やってきた。
俺たちがいつも通りに放課後の訓練を行っているところにイデアが走りこんできた。
「侵入者ダ!皆、ハヤク用意しろ!」
イデアさんの作ったこの基地は完璧な筈。
電波を傍聴される心配もないし、ましてや山の一角をピンポイントで特定するなんて無理なはずだ。
しかも、この山に入った途端に侵入者はネコでも分かる様になっている。
それなのに、イデアさんが走りこんできたと言うことは。
ドォォォォォン!!!
天井が破壊されるような音が響いた。
俺たちは地下施設に居たので慌てて外へと走り出す。
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【千星 那由多】
急いで階上へと上がると、建物はほぼ半壊状態だった。
落ちている瓦礫や崩れた床を避けながらイデア達の後を追う。
あと一歩で外へと出られる瞬間だった。
今にも崩れそうな足場に俺は気を取られ、頭上から落ちてくる瓦礫に気づかなかった。
――――まずい!!
みんなが俺のことを呼ぶ声がした。
巽と晴生が手を伸ばしたのを掴もうとしたその時だった。
身体が宙に浮く。
「…!?」
俺は白い翼をまとった天使…いや、天使とはとても言い難い男に抱きかかえられ、そのまま外へと運ばれる。
その男は九鬼だった。
九鬼は口端を上げて笑うと、俺を地面へと放り投げるようにおろした。
「……」
「なんで助けたって目をしてるネ?…君には感謝してるからだヨ」
言っている意味がわからない俺は、ポケットから携帯を取り出し、アプリを開く。
飛んでいた九鬼も地面へと足をつけ、羽が舞い落ちながら翼が背中から消えると、どこからともなく他の奴らも姿を現した。
巽達が俺にかけよって来る。
「…感謝ってどういう意味だよ…」
「君の右手首、見てごらんよ」
そう言われ俺は自分の右手首へと視線を落とした。
そこにはディータの線に絡まった時についた傷痕が残っている。
その傷痕を眺めていると、何かが蠢いているのがわかった。
「!!」
その光景に嫌な汗が出る。
思わず手首を掻きむしると、傷口からミミズより遥かに小さい虫が痛みを伴って這い出てきたのがわかった。
「ッ――!!」
それは地面へと落ち、ジタバタと蠢いていた。
「うちのエイドスお手製の寄生虫型の発信機。
気づかないうちに傷口から侵入して、ターゲットの位置を割り出せるんだ。
ちょっと時間がかかっちゃったけど、君のおかげでここがわかったヨ。
ありがとう」
そう言って九鬼は不気味に笑った。
その笑顔に背筋がゾッとし、寄生虫が出て行った傷痕を無意識に掻きむしる。
自分のせいだ。
自分のせいでここがバレてしまった。
身体が震えるのを必死で抑え込むように、グッと手のひらへ爪を立てる。
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【天夜 巽】
「危ない!!」
那由多を助けようとして伸ばした手は空気を掴んだだけだった。
真っ白い天使の羽を生やした鬼が僕たちの目の前に現れる。
彼は『黒鬼』と表現されるに相応しい笑顔を浮かべた。
どうやら那由多の中に発信器を埋め込まれていたようだ。
「チッ、エイドスか。やられたナ。」
表情なくイデアちゃんが告げる。どうやら、かなり特殊な発信器だったようでイデアちゃんにも分からなかった様だ。
那由多はまだその、患部を掻きむしっていたので慌ててやめさせるように手首を掴む。
「たまたま、那由多だっただけだよ。僕でもきっと気付いてない。」
那由多の顔を見ながら確りと言葉を伝える。
既に夏岡先輩と弟月先輩は臨戦体勢に入っており俺たちを守る様に一番前に居る。
俺と日当瀬と那由多と三木さんもそれに続くように戦闘態勢に入った。
ピリピリとした空気が流れ、睨み合いが続く。
その、空気を割ったのは九鬼だった。
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【千星 那由多】
巽の制止に我に返った俺は手首を掻きむしるのを止めた。
血のついた爪と手首の傷を見て痛覚が戻ってくる。
自分を責めている場合じゃない。
今の状況をなんとかしなくちゃならないのが先だ。
イデアアプリを解除し、全員臨戦態勢に入ったが、暫く流れる不穏な空気に喉を鳴らした。
そして、九鬼がその空気をかき消すように静かに笑った。
「やっとこの時が来たネ。
ボクの手間を取らせたのは間違いだったヨ。
君達を殺したい気持ちが積み上がっちゃったからネ」
その目は笑っておらず、口端だけが不気味に吊り上っていた。
背筋に冷たいものが走ったその瞬間だった。
「…ショータイムの始まりだ」
九鬼の笑顔が消え手を上へあげると、ドイツの奴等全員が俺達へと襲い掛かってくる。
来る!!!
俺達も地を蹴り各々が立ち向かおうとしたその時だった。
「気忙しい男は嫌われますよ」
聞き慣れた声と甘い香りが漂い、その言葉に全員が手を止めた。
九鬼はすごい形相でそちらの方へと目をやり、俺達全員も驚いた表情で声のする方へ視線を向けた。
「なんでココにいるのかナ…?左千夫クン…?」
そこにいたのは制服をきっちり着こなした、無傷の会長だった。
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【三木 柚子由】
黒い靄が私の背後を包む。
それはゆっくりと人の形を成していく。
私の前に現れた左千夫さまはきっちりと制服を着込んで無傷だったけれど、
いつもしているコンタクトが外されていて、その瞳が妖しく揺らめいていた。
……これは。
私は彼を改めて見つめる。
まやかしでは無く本物を、すると、見えてしまった。
左千夫さまの本当の姿が、瞳を揺らしながら口を片手で覆うと、左千夫さまはこちらを向いて笑顔を作った。
「黙っておくように」と、言うことだ。
動揺している私の背後から、私が展開させた槍を一緒に持つ、その眼光は鋭く九鬼へと向かったと思えば、にこっといつものように笑みを湛えた。
「明日からテストなので抜けさせて貰いました。
授業はイデアにカモフラージュして貰えれば済みますが、神功の名を名乗る者として、テストは欠席できませんので。」
左千夫さまがいつものように言葉を綴る。
少し離れたまま両者は均衡状態が保たれていた。
そして、私が持っていた槍の刃を九鬼へと付きつけるように向ける。
「決戦日はリコール宣言のタイムリミット。
即ち10日後に改めて……。
対戦内容はそちらに任せます。場所は特に指定が無いのなら、ここにしましょう。
それで、構いませんか?イデア。」
そう告げると左千夫さまはイデアちゃんへと振り向く、流れる風に髪を遊ばれる姿はいつも通りだけど。
私には無理しているようにしか見えなかった。
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【千星 那由多】
会長の身なりはいつも通りだった。
送り付けられた写真の姿は痣などが残っていたのに、キレイさっぱりなくなっていた。
そして、会長の言葉に俺は臨戦態勢にも関わらず肩を落とす。
テストなので…って…。
俺達が乗り込んだのは全て無意味だったのだろうか…。
いや、でもこれでいいんだ。
会長が戻ってきた。心配な要素がひとつ消えた。
俺は気合を入れなおすように体勢を整える。
会長は決戦日を決めたようだ。
イデアが小さく頷くと同時に九鬼があげていた手をゆっくり下げ、ため息をついた。
「ほんとにキミは…」
さっきまでの形相が嘘のような表情になると、九鬼はいたずらに笑う。
「萎えちゃったヨ。
…いいヨ、ヒューマノイドがいる前での約束は絶対だからネ。
ま、せいぜいそれまでテストでも特訓でも好きに励めばいいサ」
そう言うと背を向けドイツの奴等に帰るように促した。
ディータとオールバックの男は舌打ちをし、会長を睨みつけながらも武器を収める。
去って行く九鬼たちの姿が消えるまでを全員が見つめ、完全にいなくなったことを確認すると、夏岡先輩が一番先に会長に駆け寄った。
「おっまえー!心配させやがってコノ!!!」
頭を掴もうと思ったみたいだったが、避けられてしまっていた。
俺達も武器を携帯に戻し、会長の元へと駆け寄る。
「大丈夫、なんですか?会長…」
俺はおずおずと声をかけた。
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【神功 左千夫】
どうやら九鬼は帰ってくれるようだ。
最悪のシナリオは回避された。
あのまま攻め込まれていたら勝ち目は無かっただろう。
夏岡陣太郎が僕の気も知らないで近づいてくる。
正直立っているだけでもいっぱいいっぱいなので触れてほしくない。
いつものように避けてやると、おずおずと那由多君が言葉を掛けてきた。
「大丈夫?……大丈夫だと思いますか?」
きっと今の僕は表情ほど笑えて居ないと思う。
ピリピリとした空気が辺りを流れる。
本当に、間に合ったから良かったものの、危ないところだった。
しかも、僕が捕らえられたにしては相手に与えられたダメージがほぼ皆無だ。
加えて、夏岡陣太郎と弟月太一にはリングが一つずつ。
僕には手と足に計四つが付いたままだ、戦況は限りなく苦しい。
「しかし、あの罠から良く逃げ切れましたね。駄目かと思ってましたよ。
さぁ、時間がありません、柚子由行きますよ。」
言いたいことは山ほどあるが言っても仕方がない。
ならば、その時間を訓練につぎ込むべきだ。
どうやら柚子由はあれほどきつく言ったにも関わらず、僕と能力を同調させてしまったようだ。
それなら、それで実践に使えるだけの幻術を身につけさせてやるしかない。
凍て付く彼らを余所に僕はにっこりと笑みを浮かべた。
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【千星 那由多】
会長の笑顔が消え、その表情に背筋が凍り冷や汗さえも出ない。
周りのみんなも身体を強張らせているようだった。
怒ってる、にきまっている。
謝罪の言葉さえも今は出せない。
会長は笑顔に戻るとそのまま踵を返し山の方へと向かう。
今は話し込んでいる暇もないんだろう。
俺達はその後へと着いていき、再び会長を交えて修行をすることになった。
この時に俺は思い出したんだけど、明日……中間テストだ。
全然勉強していない。つーかそれどころじゃなかった。
そんな心配で気持ちが更に沈んだが、それよりも俺はまだ、剣に炎を纏うことができていないことに焦りを感じていた。
その日の修行は今までと比にならないほどキツく、終えた後はすっかり夜も更けていた。
そこから徹夜で巽と晴生を付きあわせてまで勉強。
いつの間にか寝てしまったと思ったらイデアに叩き起こされ、外の景色はすっかり朝になっていた。
もうなんか…いろいろキツい。
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【神功 左千夫】
テストは予想通りの問題で特に問題は無かった。
イデアアプリには普段の授業やその延長線上の問題も入っている。
欠かさずこのアプリを弄っていればテスト勉強の必要は無い。
僕よりも後ろの席に座っていた九鬼は特にこちらに手出ししてくることもなくいつも通りだった。
ありがたいが、少し気持ち悪い。
朝、開口一番にマンションのセキュリティを壊してきたことに嫌味を言われたが、あれくらい当然の報いだと思う。
その後は特に会話もなく、僕も彼も他のクラスメイトと日常を過ごしていた。
この日常がもう直ぐ変わる。
それだけは事実だ。
不意に傷が痛み、僕は胸元を握りしめる。
柚子由に自主練を言い渡し、放課後の訓練から早めに戻るとイデアが厨房に居て驚いた。
誰だ、彼女を厨房に入ることを許したのは…。
きっと彼女が勝手入ったんだろうと予想し、溜息混じりに僕も厨房へと赴く。
彼女の料理は殺人的だ。
あれは人が殺せる。
見た目が見た目だから食べる人は居ないだろうが。
「イデア。チェーンソーは料理には使いません。包丁取ってください。
……いえ、鉈ではなく、普通の包丁で構いません。」
僕はたまにイデアに料理を振る舞う。
と、言っても彼女はヒューマノイドなので食べる必要はないのだが、食べたそうにしている時だけだが。
僕も基本は一人なので、買ったり、食べなかったり、インスタント、ジャンクフード、そんなもので済ましてしまう。
作るのは彼女と一緒に食べる時くらいだ。
怪我が痛むので早く休みたいが、彼女の料理を食べるときっとその後の回復を待つより早く僕は死んでしまうだろう。
また、溜息をひとつ零してそのまま人数分の料理を作りあげる。
僕が厨房で作ったものをイデアが盛り付け、イデアが各テーブルへと運んでいる最中に皆が帰ってきたようだ。
騒がしい声がする。
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【千星 那由多】
テストの結果は…うん、考えたくないくらいには悪いだろう。
巽と晴生は勉強してなくても授業聞いてたらわかるっつーし、こいつらと一緒にいたら俺留年してしまいそうな気がする。
テストが終わってから、母親から電話があり、あれから一度も帰ってこない事をだいぶ怒られた。
まだ帰れないということを告げると「あんたいつからそんなに悪い子になったの!」と泣かれたのには参った。
もちろんテストのことも言われたが、結果を見せたらもっと怒鳴られそうだな…。
結局なかなか電話を切らない母親は妹がなんとかしてくれた。
家に帰ったら何かとこき使われることを覚悟しておかなければいけない。
テスト期間だったので今日は早く修行を行うことができた。
…俺はというと、まだ炎が纏えないままであった。
特訓が終わり、夕食の時間になる。
今日はイデアの食事当番か…と全員で落胆しながら休憩室へと向かった。
「終わったカ」
割烹着姿のイデアが机に料理を並べていた。
それに苦い笑いを返し、ため息を付きながら並べられた料理へと目をやる。
おかしい。
机に並べられていたのは、変な色でも形でもない、普通の料理。
いや、普通以上に豪華な料亭のような料理だった。
「え…ええええ!?」
思わずその光景に思いっきり叫んでしまい、全員と顔を見合わせる。
するとエプロン姿の会長が厨房から現れた。
「もしかして、この料理…」
にっこりと笑う会長を見て、俺達は隠れてガッツポーズをする。
イデアのあの料理を食べなくてすむ!!!
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【三木 柚子由】
左千夫さまの料理を久しぶりに食べた。
他の子たちを一緒の家に左千夫さまが居る時はたまに作ってくれていたけど、
(裏)生徒会会長になってからは殆ど帰ってくることが無くなってしまったから。
そこでも、左千夫さまがご飯を作ることは稀だったため、貴重なものを目の前にした私はきらきらと目を輝かせてしまった。
左千夫さまのご飯はとても美味しい。
彼は料理本通りに作ってるだけです、と、言ってるけどおいしいものはおいしい。
夢原先輩のご飯もおいしいけど、私にとっては別格だった。
左千夫さまのご飯に舌つづみを打つ。
イデアちゃんは不機嫌なのか、ずっと千星君に当たっていた様子だけど。
イデアちゃん、表情はまだ無いけれど最近は少しこう考えているのかな、って思うようになってきた。
それはきっと千星君のおかげなんだろうな。
その後左千夫様からリコール戦争についての詳細が伝えられた。
彼から決闘のルールが届いたようだった。
リコール戦争
・各自校章の形を模した腕章を腕に嵌める。
・各チーム、サイコロで出た目の人数を出し合い、腕章を奪い合う。
・腕章が奪われた者はそこで敗北となる。
・各決戦ごとにリーダを決め、リーダの腕章が取られた時点でその決戦は終わる。
・会長・副会長(神功左千夫または九鬼)の腕章が奪われる、または先に五人分の腕章を奪われると終わりとなる。
「要約するとこんな感じですね。
少し、考え深いところはたくさんありますが、要は腕章の取り合い。
そう思って間違いはありません。……が。」
左千夫さまは少し言葉を濁した。
そして、少し考えてから首を横に振った。
「今はとりあえず考えないことにしましょう。
さて、質問はありますか?
後、……今回は僕は戦力になりません、それだけは覚えておいてください。」
そう告げると彼は両手に付いているリングを示した。
それは夏岡先輩や弟月先輩に付いているものと同じ電流が流れるものだ、
千星君達には見えていないけど、それのせいか傷の治りも遅いみたい。
彼は顔には出さないけど、正直立っているのもつらそう。
そんな状態で左千夫さまは私の特訓に付き合ってくれている。
私は強く胸元のロザリオを握りしめた。
■Mission No.27 「燈火」
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