【幸花】
傷はすっかり治った。
不思議と前より身体も軽く体調も良くなってる。
さっきいた部屋から出ると、また薄暗い石畳の廊下が続いていた。
またアホナユタが先頭に立ち、炎で廊下を照らして行く。
今度は仕掛けが多いのか、壁や床から槍が出てきたり、炎や水まで出て来る。
折角体力回復したのに、また動かなきゃいけないなんて。
まぁそれが狙いなんだろうけれど。
仕掛けをうまくかわしながら、正面や後ろから来るモンスターを蹴散らして行った。
次のステージは何があるかわからないけど、も私が出る可能性がある。
今度はもっと頑張らないと。
途中で負けたりしたくない。
そんな事を考えながら、周りに助けられるアホナユタの叫び声に耳を塞いだ。
暫くそんな調子で進んで行くと、また重そうな扉が見えてきた。
左千夫が扉に触れると、錆びた音を立てて扉が開いて行く。
全員が中に入るとそこには何もない部屋が広がっていた。
奥の方は暗く、壁も見えないぐらいに広い。
後ろの扉が閉まった所で、私達にスポットライトが当てられる。
眩しさに目を薄く閉じると、遠くの方に敵がいた。
「先ほどよりも到着が早かったね。だいぶ慣れてきたかな?
前置きはさておき、セカンドステージ、もちろん闘う意思はあるよね?」
ミカミの声が広い部屋の中で反響する。
その言葉に、左千夫達は小さく頷いた。
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【葛西知穂】
「次のステージは私、葛西知穂が生成します。
先程と同様に5対5。こちらのメンバーは先程と変わりません。
そちらは自由に選出してください。
参加ポイントは二ポイントになります。
フィールドは火山地帯、氷雪地帯等、刻一刻と変化するフィールドです。」
■■■格闘フィールド■■■
・5対5のゲーム
・参加ポイント2(最後まで残ってられた場合、倍になって返ってくる)
・人が生息できない場所に足をつけば負け(例えばマグマ等。その場合自動的に自分の陣地に戻る仕組みになってくる)
・武器、能力の使用OK
・挑戦者チームが先に全員落ちた場合フィールドゲームはそこで終了する、先に恵芭守のメンバーを全員落とすと先に進むことができる。
今回のゲームの説明を終えると私は精神を集中させる。
「Infinity zone」
相手と私達の間に円形のゾーンが現れ、入口は薄く輝いている。
「マグマ等、人間が生きていけない場所に落ちた場合はそこでOUTになります。そして、格闘ゲームのように体力ゲージがあり、それがゼロになってもOUTです。
体力ゲージの判断は小鷹安治が判断して出しますが、不正が無いのは見ていれば分かると思います。
それでは、そちらのメンバーを選出してください。」
こちらのメンバーは既にゾーンフィールドの中に入った。
まだ、私の能力を全て発動していない為中は何も起こっていない。
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【千星那由多】
格闘フィールド。
説明によると、つまり、環境が色々と変化するフィールドってことか?
なんとなく想像は付くけど、とてつもなく過酷そうなイメージしか沸かない。
恵芭守のメンバーは先ほどと変わらないメンバーだった。
あちらははっきりと闘うべきメンバーが決まっているようなので、わざわざ決める事も無いのだろう。
ちなみに椎名はここでも参加はしないらしい。
そして、こちらの選出メンバーはと言うと…。
「こちらの出場者は、晴生君、巽君、那由多君、弟月、僕、でいきます」
…やっぱりそうなるよな。
幸花と純聖は治療してもらったけど、副会長、夏岡先輩、三木さんはそれなりに体力も削られているし、当たり前でこのメンツか。
頑張るしかないか、と拳を握った時、俺を押しのけて幸花が前へと出てきた。
「…私、出れる…アホナユタ使うぐらいなら私を使って」
俺を使うぐらいならって…まぁ言いたいことはわからんでもない。
絶対この中じゃ俺が足引っ張るもんな。
会長は真剣な眼差しの幸花を見つめると、優しく微笑み返し頭をぽんぽんと撫でた。
「幸花は十分頑張りました。次に何があるかわかりません。
その時のために、今は休みなさい」
キツく言うこともなく、優しく落ちたその言葉に、幸花はしゅんと頭を下げ俯く。
ここは自分もやる気があるぞ、ってことを示しておくべきかと、幸花に向かって無理に笑いかけた。
「お、俺もがんば…」
「うるさい」
しかしそれは簡単に跳ねのけられると、幸花は三木さんの元へと行ってしまった。
嫌われてるってのは結構クるんだぞ…俺だって大人じゃないんだから…。
大きくため息をついた後、会長が先にフィールド内へと足を踏み入れた。
俺達も続いて薄く輝く入口へと入って行く。
中はまだ何も無く、ただ円状の光の壁が見えるだけだった。
「そちらは君達5人でOKかい?」
「ええ」
御神の質問に会長が微笑むと、御神はすっと上へ手を挙げた。
「葛西、頼む」
「了解」
その言葉と同時に、先ほどまで何もなかったこの場所に、見る見るうちに景色が形成されて行く。
辺り一面がまるで地球の終わりかと思うような、マグマや火山だらけの風景になると、それと共に気温が上昇していった。
暑い、というより熱い、という表現が近いだろうか。
一気に汗が噴き出し、吸い込む空気も熱が入って来ているような感覚だった。
「では始めようか……。
セカンドステージ「格闘の間」ゲームスタート!!!!』
御神の声とともに、辺りにスタートの合図が鳴り響いた。
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【神功左千夫】
ゾーン外に居る柚子由達は足場が出来、上空へと上がっていく。
そこに観覧席の様なものが設けられるようだ。
そして、僕達のゾーンの中は広大な景色が映し出されていった。
これは幻術では無い。
しかし、この環境によっては死亡はしないのだろう、そのための体力ゲージだ。
そして、そのための場外。
スタートの合図とともに全員が攻め込んでくる。
早期決戦と行きたいところだが僕はまず、全員に散り散りになってもらった。
それからブレスレッドで練った作戦を伝えていく。
「このフィールドですが、先程も言っていた通りマグマに落ちるとOUTになります。
飛び散ったひのこに触るだけではOUTにはなりません、その代わりやけどは怪我として残ります。
更に、体力ゲージがあると言っても、突き殺されてしまえばそこで死ぬことは理解しておいてください。
相手は殺すつもりはない様ですが、ゲームだからと言って油断はしないように。」
ゴクリと喉が震える音が聞こえた。
きっと那由多君だろう。
敵からの追撃を避ける様にかなりの広さを有するフィールドを走る。
「作戦と言うほどでもないですが、那由多君、巽君、晴生君は三人で行動を。
弟月太一、君は、仕方が無いので僕がフォローしてあげますよ。」
流石の僕でもこの暑さでは汗が滴る。
敵もそれは同様のようだが普段からこう言った場所で鍛錬を重ねているのだろう動きにキレがある。
能力から言って、五十嵐栞子。
彼女がこの勝負のキーマンになるだろう。
しかし、それ以外のメンバーもこちらよりはこの環境に適しているようだった。
五十嵐栞子、彼女にとってこの環境は熱くないんだ。
それは勿論、体を危険に晒していることにもなる。
しかし、使い方を間違えなければかなりの効力を発するだろう。
練り切れないまま僕は弟月の方へと向かって走った。
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【千星那由多】
リアルでゲームの世界に入ると、こういう感覚になるのだろうか。
自分の左上に体力ゲージがある。
この熱のせいか、満タンだったのが少し減っている気がするんだけど。
とにかく俺は巽と晴生と行動を共にする。
会長と弟月先輩と別れると、マグマが湧き上がる岩の斜面を駆け上って行った。
俺を先頭にして後ろに巽と晴生がいる。
そして、少し離れた先に御神、五十嵐栞子、田井雄馬が後を追ってきていた。
解除させた武器を、この環境でどう使用するか考える。
周りにあるのは火、というかマグマ。
これを利用してどうにか能力をうまく使えないだろうか。
頭を悩ませていると、俺が走っていた先に、弓矢が一本突き刺さった。
後ろから五十嵐さんが打ちこんできている事に、今ここで初めて気が付く。
多分殆ど巽と晴生が撃ち落としていたんだろう。
横へと進路を変え再び走り出すと、道がどんどん狭くなり初めて行く。
このまま行くと行き止まりになってしまうことは容易にわかった。
登れるとしても周りは殆ど斜面で山になっており、巽と晴生は駆け上れても、俺は無理だろう。
「そろそろ闘ってはどうだい?」
速度を遅めた瞬間に、御神の声が何故か前から聞こえた。
その姿は多分幻術だ。
俺が立ち止まると、巽と晴生も立ち止まった。
こいつの幻術には一度かかったことがある。
あの時は、俺一人じゃ確実に無理だった。
三木さんと晴生がいてくれたから、まぐれでこいつをボコれたんだと思う。
そして、こいつもあの時以上に身体能力も幻術の力も上がっているだろう。
…だけど、俺も同じだ。
俺だって、あの時よりは成長してるはずなんだ。
目の前の幻術の御神に剣を構える。
巽と晴生は、俺の背後で五十嵐さんと田井と対峙しているようだった。
「…やってやろーじゃん……」
宙に火という文字を書き記すと、炎の剣を作り上げる。
ここらでいっちょいいとこ見せとかないと。
俺だって、強くなったんだ。
御神ぐらいならきっと倒せる!!
その意識が間違いだったことに、俺はこの時は知る由もなかった。
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【日当瀬晴生】
まずい、行き止まりのほうへと追い込まれてしまった。
こいつらどんな戦闘能力してんだよ。
飛んでくる弓を俺と天夜で打ち落としていったが結構骨が折れた。
そうしている間に御神の幻術が千星さんの前に現れたようだ。
「御神は俺に任せろ!二人はそっち頼むな!!」
「し、しかし、―――ッ!!」
まだ、相手の能力もこのフィールドの特徴もきちんと把握できていないのにそれはまずいのでは無いか。
しかし、千星さんがおっしゃることだ、それに従うほうがいいのか。
その考えが煮え切れ間に無数の岩石がとんでくる。
これはあの機関銃野郎の能力だろう。
俺達と千星さんの距離はますます離れていき、俺達は小高い岩山に上らせられるように追い込まれてしまった。
「ちっ、なんで、俺がテメーといっしょなんだよ。」
「だよね。僕もそう思うけど。」
気に食わないが、たぶん天夜と俺が考えていることは一緒だ。
さっさと片付けて千星さんを助太刀に行きたい。
しかし、目の前の二人を倒すにはかなりの時間を要するだろう。
いや、その前にまだ突破口すら見当たらない。
俺の額から一筋の汗が伝った。
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【千星那由多】
巽と晴生が離れた。
これで本当に御神と一対一だ。
「頼もしいね、千星君」
目の前にいた御神が消えると、すぐ後方で声がする。
振り返るとそこに本物であろう御神がいた。
間合いを取るように炎の剣を掲げ後ずさる。
ここから先の道は細く、スペースもあまりない。
流れる汗を拭うと、大きく息を吐いた。
「…あの時は俺一人でお前倒せなかったけど、今度はちゃんと俺の手で倒す!」
別に今の御神に対して嫌悪感などないが、負けるわけにはいかない。
自分の強さを証明してやらないことには、幸花や純聖…皆にも俺の事を認めて貰えない。
「いくぞ!!」
炎の剣を強く握りなおすと、血を蹴り御神へと斬りかかった。
ハエタタキでそれを受け止めたのを見て、燃やせる、と思ったが何故か炎はハエタタキには伝わらない。
その感覚に違和感を感じたが、そのまま剣を振り乱しながら、御神へと追撃した。
御神もやはりあの時とは違う。
余裕そうな表情で俺の剣を受け流していた。
「その炎は飾りなのかい?ちっとも熱くないじゃないか」
バカにしている訳ではない…はずだ。
確かにいつもより炎の調子が悪い。
このフィールドの熱を使えば、うまくいくかと思ったが、やっぱり本物の炎とかじゃないと威力でないのか?
いや、それ以前に元より威力がほとんどない。
おかしい。
一旦後方へと引くと、炎の剣で水と言う文字を綴った。
水の文字が目の前で凝縮されていくのを見守る。
確か炎の剣で水を使えば、熱湯の玉になるはずなんだ。
しかし、俺の目の前で凝縮された水の玉は、物凄く小さく、見た目は今にも崩れそうにぽよんぽよんしている。
……い、威力なさそう!!!!
だが考えている暇などない、俺はそのまま炎の剣でそれを思い切り御神へと打ち込んだ。
――――ら、割れた。
「はぁあああああッ!!!???」
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【御神圭】
強くなったね、千星君。
僕は千星君と戦ったことは(裏)生徒会が何をしているか全く知らなかった。
学校の影を担っている、それだけしか知らず風紀委員長という立場から嫉妬してしまっていたんだ。
しかし、恵芭守に来て、(裏)生徒会のことを知ることになる。
そして、(裏)生徒会長まで任されることになった。
僕はこのプロフェッショナルを育てるという恵芭守の方針を外れ、武も知もどちらも勉強している。
途中入学ということもあり、パートナーも居ない。
まぁ、まだ認められていないということもあるが。
武も知も極められない中途半端な僕を面倒見てやろうなんていうやつは中々居ないだろう。
「おや、失敗かい?それともそれも何かの策かい?
それでは次はこちらから行くよ、ブルームプロフュージョン!!」
言葉を唱えるとともに僕は分身を作るイメージをする。
そう、前回は幻術の内容を特定できなかったけど、今は作りたい幻術を作れるようになってきた。
まぁ、この分身は見せ掛けで本当に見てほしいのはこっちなんだけどね。
僕は成長したフライスウェイターを振り上げた。
間一髪で千星君には避けられてしまったけど、彼の直ぐ横にあった岩石がさいの目に粉砕した。
「ふふッ、僕だけじゃなくて、フライスウェイターも成長したんだ…!!
これも、すべてこの怪我を負わせてくれた君のお陰…!!
フフフ…!!そう、あの日君が僕に行ったことは―――」
そこまで告げてはっとなった。
いけないいけない、また昔の僕が戻ってくるところだった。
どうしても気が緩むと昔のことが、昔の性格が戻ってくる。
「いけないいけない、君には感謝してるんだった。
そう、感謝しているんだよ、千星君!!」
僕のフライスウェイターが大きくなり、網が枠から外れ、ピアノ線のように千星君に向かって伸びるようにして飛んでいく。
実は第一ステージは全員少し手加減していたんだ。
あくまでも第一ステージだからね。
僕はふわっと前髪を掻き揚げた。
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【千星那由多】
おっかしい!
なんでだ?このフィールドだからか?
いや、なんか違う。
なんか根本的になんかなんかなんか違う!!
どんどん焦りの色が濃くなってくる。
確かに今は体力的にこのフィールドは辛い。
動いてるだけで体力ゲージも減っている。
だけど、それは直接的に関係が無いような気もするんだ。
数分前、御神を倒せると思った自分を呪いたい。
でも、今更誰かに助けを求めるなんてできないし、決めたのは自分だ。
御神のハエタタキを一度目は避けれた。
しかしすぐさま二度目、ピアノ線のように伸びて来たそれを目の前にし、俺は怯んだ。
あれに当たれば多分俺千切りみたいになる。
逃げる事もままならず、伸びて来たピアノ線へと剣を翳すと、ガッチリと炎の剣へと巻き付いた。
身体には当たらなかった。
が、剣を奪おうとする御神の力は強かった。
いつもなら御神の武器も燃やせているはずなのに、炎の剣はまるでまがい物のように燃えているだけだった。
「……ッ……!!」
もちろん剣が無くなれば、俺はもうおしまいだ。
取られるわけにはいかない。
一旦ブレスレットに戻すか?
いや、そんなことしてる間に――――。
決断をできずにいると、剣ごと身体を引っ張られ地面から浮く。
そして岩へと身体を打ち付けられると、全身に電気が走ったような感覚に息が詰まった。
握っていた炎の剣が手から離れ、それは御神の元へと渡ってしまった。
自分の体力ゲージが半分以下になる。
打ち付けられた鈍い痛みで、視界がぐらぐらと揺れた。
あ、ダメだ。俺負ける。
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【御神圭】
「どうやら僕は誤算していたようだ。」
そう、彼とならいい勝負ができると思っていた。
再会した彼の瞳を見てそう思ったんだがどうやら、それは早とちりだったようだ。
剣捌きもマシにはなっているのだろうが到底僕には及ばない。
僕が成長し過ぎたのか?
いや、犯人は彼の奢りだろう、成長途中にはよくあることさ。
「残念だよ、千星君。君とはすばらしい戦いを出来ると思っていたんだけどね。」
僕は千星君から奪った剣をフライスウェイターの網から解き放ち彼に返してやる。
今の彼では僕には勝てない。
「君にはがっかりしたよ。
これなら、昔、僕にがむしゃらに剣を振るっていた時の君の方が強かったんじゃないかい?
それとも僕が強くなりすぎたのかな?」
ははははっと態と高笑いする。
こう言った輩は徹底的に落とした方がいい。
這いあがってくるかどうかは彼次第だ。
剣を再び握った千星君がどうにかしようと生身の剣を僕に振りかざしてくる。
既に太刀筋は見えた。
それに、彼は魔法剣と言うのかな、あのトリッキーな技があってこその剣だ。
こんなもので斬り掛ってきても棒を振り回しているとしか思えない。
僕は手を後ろに組むようにして、千星君の剣を避ける。
そして、直ぐ後ろがマグマと言うところまで来たときに急に身を翻し、彼の後ろへと立った。
「終わりだ、千星君。
君にとって剣とはなんだい?仲間とはなんだい?
その問いだけ掛けといてあげるよ。」
そう言って僕はフライスウェイターを斬るでは無く、叩く状態にして千星君の背中を叩いた。
彼の体はマグマへと倒れて行った。
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【千星那由多】
「終わりだ、千星君。
君にとって剣とはなんだい?仲間とはなんだい?
その問いだけ掛けといてあげるよ。」
御神の言葉が何よりも一番突き刺さる。
敵を落胆させた上、情けを含んだ問いをかけられるなんて。
そして、俺は何もできないままマグマへと落とされ、激しい熱を前面に感じた瞬間に、視界が真っ暗になった。
“千星那由多 場外によりOUT”
そんな放送が響き渡り、気づけばフィールド外。
目の前には三木さんがいた。
「大丈夫?千星君…」
その言葉に何も返事することができず、俺は手元に転がっている自分の剣へと視線を落とした。
カッコ悪い。ださい。
そんな事が頭に浮かんだが、正直物凄く悔しかった。
幸花は何も言ってこない。
そりゃそうだ。こんな奴にかける言葉なんて無いだろう。
結局俺は役立たずだったんだ。
俯いたまま呆然としていると、頭を誰かに叩かれた。
夏岡先輩だった。
「お疲れ〜!なんだよ、もうちょっと頑張れよ〜!!」
「す、すいません……」
多分空気を呼んで言葉をかけてくれてるんだろうけど、それさえも今は堪える。
下手くそにへらへらと笑ってみたが、余計に心配をかけるだけな気がした。
「なゆゆ」
「…はい?」
副会長に声をかけられた瞬間、腹に激しい痛みが走る。
なぜか、俺の腹に副会長の足がモロにヒットしていた。
いや、これは蹴られたんだ。
息がつまり、声にならない呻きをあげると、息を吸い込むように咳き込んだ。
「何へらへら笑ってんの?正直うっとーしい。
ま、最初っから期待なんてしてないけどサ。
どー見たってよわっちょろいなゆゆじゃ、一対一で勝てるわけないってわかるよネ?
調子に乗るのもいーかげんにしなヨ」
「くっきーさん!」
「九鬼!」
胸倉を掴まれた所で三木さんと夏岡先輩が止めに入る。
副会長は大きくため息をつくと、掴んでいた手を離した。
そのまま尻から地面へと落ちると、痛む腹を抑え込んだ。
ごもっともだ。
俺は調子に乗り過ぎた。
自分にとっての剣、仲間、それらを疎かにして、勝手に自分一人だけで突っ走ってたんだ。
結果、皆に心配かけただろうし、俺は負けた。
それは変えられない事実だ。
不覚にも泣いてしまいそうなのを、奥歯を噛みしめ堪える。
見かねた夏岡先輩が、次はいつも通り頭をぐしゃぐしゃと撫でて来た。
「九鬼はああ言ってるけどさ、遠回しに『仲間を頼れ』って言ってんだよ。
一度あいつと闘ったんだろ?だからあんなにあっさり負けたらやっぱり腹立つんじゃない?
まぁ…まだ那由多はできないこといっぱいだし、焦らなくていいんじゃないかなー。
今はちょっと悩む時間もないからさ、次進むために、みんな応援しようぜ?」
なんとなく、なんとなく全部わかってる。
副会長があんな暴言吐いたのも、俺の為だという事。
今は立ち止まってる時じゃないってことも。
「……ありがとうございます、これから…がんばります…」
夏岡先輩と副会長にぐっと頭を下げると、俺は先ほどまでいたフィールドの方へ振り返った。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬晴生】
「だー!!!!!!!!ウゼェ!じゃまだ、天夜!!!」
“千星那由多 場外によりOUT”
俺が天夜とごちゃごちゃやっている間に放送が鳴り響く。
ま、まさか、千星さんが!!?
そう思って上方を見上げると、残りのメンバーが居るところに千星さんが居た。
しかも、何やら色々見えた。
「てっめー!!!九鬼!!千星さんになにすんだよー!!―――っと」
そう、九鬼が千星さんを蹴ったのが見えた。
が、それを注意している余裕はない。
前の二人が俺達には強すぎるんだ。
俺は熱い岩の上を転がる様にして投げ込まれてくる槍を避けた。
直ぐ様、田井とか言うやつが拳を撃ち込んでくる。
勿論岩石が粉砕する勢いだ。
が、このまま負けたら千星さんに面目がたたねぇ!
それに、さっさと蹴散らして九鬼を一発殴ってやらねぇと気がすまねぇ!!
そう思っていると御神までこっちに返ってきやがった、よくも千星さんを…!!!
「おい、天夜!」
「ん、何?」
俺が声を掛けると、天夜は飛んできた武器を鎖鎌で払いのけていた。
「今日だけ協力してやるから、面かせ。」
そう言って、俺は天夜の胸倉を掴んだ。
そして、三人から逃げる様にして場所を変える。
勿論、作戦を耳打ちするためだ。
そうしている間に体感がどんどん下がってきている、マグマの次は吹雪かよ。
俺達の周りの景色が見る見るうちに代わってきた。
-----------------------------------------------------------------------
【五十嵐栞子】
さすが御神様。
あの千星那由多を自分の手で葬り去った。
彼が愛輝凪高校にいた頃の事は、全て聞いている。
千星那由多は御神様の全てを変えた人だとも聞いていた。
けど、御神様は今やっと過去を断ち切った。
これでもう、本当の意味で前に進める。
そう思っていたけれど、こちらに帰って来た御神様の顔は晴れ晴れとはしていなかった。
「御神様…?どうなされました?」
「いや…なんでもないよ、少しショックだっただけさ」
そう言って笑った彼の顔は、悲しそうだった。
断ち切れた、と思っていたけれど、それ以上に何か心に残るものがあったみたい。
でも、言及はしない。
今は、闘いの場。私情に囚われている場合ではない。
私、御神様、田井の三人で日当瀬と天夜を追っていく。
辺りの景色は灼熱のマグマ地帯から、凍える氷河地帯へと変化していった。
普通の人ならば、吸い込む息も冷たい程の気候だけれど、私は何も感じない。
「御神様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。これがあるからね」
そう言って御神様はポケットから手袋を取りだした。
このフィールドのために、と私が編んだ手編みの手袋だった。
それを手に嵌めた姿を見て、頬を染めにっこりとほほ笑むと、後ろからヤジが飛ぶ。
「寒いはずなのにそこの二人はお熱いね〜!つーかとっととやろうぜ!」
胴着の下から筋肉を覗かせ、暑苦しい程の声が響いた。
田井だ。
この人は反副会長補佐なので、加賀見同様、御神様の事をあまり良く思っていない。
もちろん…私もあまり好きではないタイプ。
「……わかってます」
それだけ告げると弓を引き、天夜と日当瀬の向かう先へと矢を無数に放っていく。
「逃げるのはお終いです。そろそろ勝負と行きませんか」
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【天夜巽】
珍しい。
けど、ちょっと有り難い。
何にせよ相手はかなりの格闘センスを持ち合わせている上、連携して戦うことに富んでいるようだった。
いや、個々のプロフェッショナルなのでそんなことは無いのかもしれない。
ただ、互いに実力を信頼してる、そんな感じなのかな。
そして、俺は今、日当瀬から時間を稼げと言われて放り出された。
結局協力してるのかしてないのか。
それでも、後方から支援してくれる弾は僕に当たることは無かった。
「僕も調度そう思っていたところです。」
五十嵐さんの言葉ににっこりと笑みを浮かべる。
まずは広い間合いからクナイを無数に投げる。
それを更に支援するように日当瀬の弾が飛んできた。
そのままグッと距離を詰めて僕は武器を鎖鎌へと変えた。
そこへ御神が立ちはだかる。
「はぁ……流石に三対一は辛いね。」
そして、フィールドは完全に吹雪に包まれる銀世界に代わった。
汗でぬれた服を着ている僕達から容赦なく体温を奪う。
あっちも少しは寒そうだ。
勿論五十嵐さん以外だけど。
彼女はどの状態でも体に全く変化なく、動きも乱れることが無かった。
まるで彼女だけが適温の中にいるかのような戦い方で僕達に向かってくる。
僕が他の敵を引きつけている中、日当瀬は支援しながらも集中し始めているようだった。
そう、日当瀬も五十嵐さんみたいになる。
彼はそう言っていた。
彼の能力により痛覚等を遮断していくらしい。
本当にできるかは分からないが、出来たとするとこっちにも部が出てくる。
日当瀬の能力に望みを掛けながら、僕は自己回復を使って体温を高めて行った。
-----------------------------------------------------------------------
【田井雄馬】
あー熱かったのに次めちゃくちゃ寒ぃ。
それなりに胴着はあったけーんだけど、今気温どんくらいだよ?
さっさと決着つけてえ。
目の前の天夜とかいう男は中々やるみたいだ。
九鬼ほどではないだろうけど、ちょっと楽しんでみようかと思う。
鎖鎌を構えた天夜の前に御神が立ちはだかった。
フライスウェイターだかなんだか知らないが、それを振りかざすが天夜はうまく避ける。
身のこなし、タイミング、バランスが取れた攻撃は少し感心する。
「俺とも楽しもうぜ!天夜!!」
両手に能力を送り込み、そこにだけ一時的に筋肉でガチガチにする。
そして、フライスウェイターを避けた天夜へと向かって拳を突き出す。
鎖鎌の鎖の部分で受けられたが、容赦なく拳を撃ちこんでいった。
鎌の部分が俺の右腕を狙ってきたが、俺の鋼鉄並みに硬くなった筋肉には効かない。
それを弾き飛ばすと、隙のできた左っ腹をもろに突き上げた。
表情が歪んだが、うまく受け身をとったのか後ろへと後退し間合いを取った。
結構思い切りやったんだけど、こいつ笑ってんな。
「少しは骨のありそーな奴だな!俺お前気に入ったわ!!
三対一なんて言わずに、一対一で闘おうぜ!」
「勝手な事はするな、田井!」
御神の声と共に、後ろから伸びて来たフライスウェイターが俺の横をすり抜け天夜へと伸びる。
しかし、それは後方で何かしていた日当瀬ってやつの弾丸に弾かれた。
「へーい」
やっぱここでも俺の意思じゃ闘えねーのか。
ま、仕方ねーか。
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【天夜巽】
濡れたシャツで急激に体温を奪われていくけど、そこは僕の自己治癒でどうにかなりそうだった。
僕の自己治癒は人間の本来の回復能力をより活性化させること。
なので、体温調節位なら可能だ。
と、言ってもまだまだ分からないことだらけなんだけどね。
武器にしたって同じだ。
鉤縄、鎹、手裏剣、なんてものもある。
他にも暗器と呼ばれる隠し武器は沢山あるんだけどね。
最近やっと使いこなせるようになってきたそれを今日は使おうか。
こんな格上の相手なんてめったに居ないしね。
それにしてもあの田井って人、なんて一撃を放つんだろう。
僕の左の脇腹が自己回復を使ってもまだジンジンと痛んでいた。
そして、一直線に走り込んでくる田井に向かってばれないようにクナイを構えるふりをして撒菱を撒く。
飛んでくる弓を避けるふりをして、その場から飛び去ると「いってー!!!」と、言う大きな声が聞こえた。
きっと僕が巻いた撒菱を彼が踏んだんだろう。
次は目の前に居る御神へとクナイを持ち、斬りかかる。
クナイを振りかざし、剣のようにそれを使ってフライスウェイターとやりあうが中々折れない。
「やりやがったな!天夜!!」
そう言って横から田井が殴りかかってくる。
日当瀬は最終段階に入っているのか助けてくれる気配は無かった。
なので、仕方なく持っていたクナイを田井に投げた。
「いけませんね!武器を手放しては!!」
御神のフライスウェイターが僕に襲いかかる。
そのまま体を回転させる様にして御神を殴りかかるように見せかけ、拳の中に仕込んでいたプッシュタガーの刃先を指の間から覗かせた。
ミシっと、フライスウェイターが嫌な音を立ててくれたんだけど、気付かれたのか真っ直ぐは受け止めて貰えず受け流された。
クナイを払い終えた田井がこちらに殴りかかってきたので、僕は蹴ると同時に足裏に仕込んでいた手裏剣を彼に飛ばした。
「ッ、てぇぇぇ!!!」
どうやら不意をつけば彼の体に傷を与えられるようだ。
腕から血が流れている。
流れにそってバク宙したところで五十嵐さんの矢がこちらに目掛けて飛んできた。
僕は御神のフライスウェイターを足場にする様にして鎖鎌を防御の為に回転させる。
その遠心力と破壊力で僕の傍に居た、田井や御神も引いてくれたのでラッキーとする。
「はぁ……、はぁ……、流石に辛いね。
この寒さで、この人数…。」
極寒で戦うことに慣れていない僕にとっては余りに体力の配分が難し過ぎる。
息が上がってきた。
そう思った時に再び向こうから三人の攻撃が来る。
取り合えず、致命傷を与えないと。
少し難しそうな課題だなと思いながら僕はクナイを構え直した。
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【五十嵐栞子】
三対一、なのに天夜はかなり武術に長けている。
息はあがってはいるけれど、この寒さ、この状況でここまでやれるなんて。
もちろんそれは彼の自己治癒能力もあってこそなのでしょうけど。
「それでもこの環境、いつか体力はつきる…」
一向にこちらに来ない日当瀬晴生は何をたくらんでいるのかわからない。
それまでに天夜を封じなければ。
弓矢を背中へと直すと、腰に差した刀へと持ち変え地面を蹴る。
怪我を負わせてもあちらはどうせ回復してくるでしょう。
では、じわじわと体力を削いでいくしかない。
間合いを詰め彼に切り込むと、クナイでそれを受けられる。
ただそれでいい。今よりもっと疲れさせてやるのが狙い。
「どんどん体力が減っていていますよ、相方様は何をなさっているのかしら」
激しいぶつかり合いだけれど、私はまったく息があがっていない。
ワザと防げるぐらいの太刀筋で彼を追い詰めていく。
大きく刀を横に振うと、彼は真上へと高くジャンプした。
しかし、それよりも真上に田井が両拳を握り、後頭部に狙いを定めて飛びついてくる。
それを持っていたクナイを投げつけ交わしている間に、私は再び弓矢を取りだした。
彼の足を狙って狙いを定めると、わずかに逸れ足を掠めた。
まだ彼は宙にいる。
御神様のフライスウェイターがピアノ線のように分解され伸びて行き、彼の身体へ巻きつこうとしたけれど、左腕を掠めただけでわずかの差で逃げられる。
「あーもう!ちょこまかすんなよなー!」
田井の言葉が響き渡ると、同時に天夜がフラつきながら地面へと着地した。
「これに関しては田井に同感です。
このままでは体力を削られいずれ場外です。
今の状況では、もうあなたに好機はありません!」
弓を構え、彼の身体の中心に焦点を合わせた。
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【天夜巽】
確かに五十嵐さんの言う通りだ。
僕の体力は削られ、どんどんと追い込まれていく。
武器もどんどん消費していくし。
僕は日当瀬のように器用ではないので、武器を自分で作ることは不可能だ。
いつもイデアちゃんが補充してくれている。
なので、僕の暗器については基本使い捨てなのでこのままでは尽きてしまう。
「……ぅああッ!!!」
受けた傷が極寒の為痛む。
これ以上は僕の体力がもたない。
その時だった、フィールドの変化に体が追いつかず、つもった雪に右足を取られてしまった。
「しまったッ!!」
運悪く、五十嵐さんの矢がこちらに飛んできている。
致命傷は避けられない、そう思った瞬間、それは同様の空気の矢によって打ち消されていった。
「ったく、相変わらず、テメーはかっこつかねーな。」
そう言ったのは日当瀬だった。
いつもの銃では無く、弓矢の形に武器を変形させて撃ち落とした様だ。
そして、日当瀬は少し情報の岩山から飛び降りてきた。
俺の肩をポンと叩くと俺より前に出て行く。
「まぁ、てめーの出番はこれで終わりだぜ。
そこの木の下にでも座ってな。」
いつも通り偉そうにそう言った日当瀬がなんだか頼もしく見えたのは気のせいじゃないだろう。
「じゃあ、後頼むね。」
とはいっても後方支援はするつもりなんだけどな。
日当瀬は能力をフルに使っているのか髪が靡いて少し輝いているようにも見えた。
彼がどんなトリックを使っているのか、どんな策なのかは分からないけど、どうやら俺の役割は終わったようだ。
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【五十嵐栞子】
日当瀬晴生が出て来た。
何をしていたのか知らないけれど、どこか雰囲気が違う。
「やっとお出ましですね…」
天夜の体力はだいぶ削いだ。
休んでいてもこのフィールドであれば、すぐには回復などしないでしょう。
「次は日当瀬君か…あの時の借り、返させてもらう!」
御神様が幻術を使い分身する、その分身全員がフライスウェイターを同時に日当瀬へと振りかざした。
確か彼は幻術に弱いはず。
だったら幻術使いの御神様が最大の弱点だ。
しかし、振りかざした先に日当瀬はいなかった。
地面が賽の目に割れただけで、こつ然と姿を消している。
「遅ェよ」
気づけば田井の後方、私達の一番後ろへと移動している。
いつの間に…?
しかも彼はこの吹雪を物ともしていない様子だった。
「いつの間に……っ――――ぉらッッ!!」
田井がすぐに日当瀬に向かって裏拳を放つが、それさえも空を切るだけだった。
そして、上空に跳ねた日当瀬の弓から矢が放たれる。
「栞子さん、屈んで!!」
御神様のその言葉にその場へと屈むと、フライスウェイターの風圧で矢を薙ぎ払ってくれた。
少し遅れて屈んだ田井は、頭ギリギリに掠ったようだったけど。
「御神!なんで五十嵐だけに言うんだよ!あぶねーじゃねえか!」
「田井なら避けれるだろう?」
そう言って御神様が笑っている間にも、日当瀬はそびえたつ氷の岩を蹴り続け、まだ宙にいる。
それにしても、彼、何かがおかしい。
先ほどとは違って動きが速くなったという事もあるけれど、それだけではない気がする。
上空にいる彼に向けて弓を構えると、私は質問を口にした。
「あなた、一体何をしたの」
答えてはくれないでしょうけど。
矢筋を通し狙いを定めた先の日当瀬は、口角をあげていた。
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【日当瀬晴生】
今必要なのは足の筋力と腕の筋力。
そのほかは遮断する。
この岩を飛び越える為に必要な筋力はこれだけ。
それ以外は他に移す。
軌道は読んだ、一瞬だが視覚を切る。
そう、俺は自分の能力を使って体の必要な部分だけを動かしていた。
必要ない部分は切る。
この能力はそんなこともできるんだ。
そして、今、俺は触覚以外の感覚を切っている。
つまり、痛みや寒さ、熱さを感じ無い、五十嵐栞子と同じ状態を作りあげた状態だ。
まぁ、それだけじゃなく俺は今最強だけどな。
この感覚を研ぎ澄ますのはかなり精神力がいる。
必要な情報、必要な個所を動かすこと、いつまでミスなくやってのけれるかはわかんねー。
「さっさと、潰していかねーとな。」
五十嵐の言葉に口角を上げてから俺は氷の岩を蹴った。
「はん、テメーとおんなじ状態になった、とだけ、言っといてやるよ!!」
俺は空気砲を乱射して敵を攪乱していった。
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【五十嵐栞子】
私と同じになった?
彼はそんなことができるの?
けれどそうなると、全ての感覚が遮断され、この気候でも寒さを感じず痛覚さえもまったく無くなっているということになる。
「…中々おもしろい事ができるのですね…」
乱射される空気砲を全員がかわしていく。
巻き起こる雪煙が視界を奪い、自ずと私と御神様たちは同じ場所へと集まった。
その隙間を縫って、天夜の放ったクナイが私の頬をギリギリ掠める。
日当瀬は「私と同じになった」と言った。
けれど、これは同時に危険を伴う行為だと言うことも確か。
普通の人間であれば、自殺行為同然。
私は元々の能力が「感覚0」という事もあり、その心配はない。
彼が自分でその状況を作っているという事が、私との決定的な違い。
「…御神様、勝算はあります。今は時間稼ぎを!」
それだけ告げると、空気砲を放つ日当瀬の玉へと矢を放った。
それと同時に御神様が幻術で、私の矢を増えたように見せかける。
田井はそびえ立つ氷の壁を叩き、宙にいる日当瀬の足場を無くすように粉々に砕いていった。
吹雪は一層酷くなっていく。
御神様と田井の体力も少なからず削られていってしまっているはず。
どちらが先にバテるか、それが勝利の鍵を握っていた。
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【日当瀬晴生】
寒さすら感じ無いこの体ではこの中でも萎縮することなく最大限の動きが出来る。
調度御誂え向きに一か所に集まってくれた。
後はじっくりと追い詰めて行くだけだな。
俺は感覚以外を普通の状態に戻す。
こうしておけばもう少し五十嵐とか言う女と同じ状態で居られるはずだ。
そうして、岩の陰に隠れるとそこから銃を三人で固まっている奴らに目掛けて構えた。
まずは一発。
これは通常の弾。
真っ直ぐに放たれた弾は田井の拳によって消されてしまった。
「おい!日当瀬!!さっきまでの威勢はどうしたよ!!」
「よさないか、田井。
ここは、僕の幻術で…!!」
まずいな。
幻術は俺の能力と相性が悪い。
そう思った矢先御神がハエタタキを構えやがった。
しかし、そこは見事というか、なんというか、天夜のクナイが集中を邪魔するように降り注いで行く。
少し有り難いとか思ったことは死んでもいわねぇ。
そして、こっからが俺の得意技だ。
俺は今居る場所から四方に向かって空気弾を発射した。
「おわッ!!へっへーん!!どこ狙ってんだよ!」
「田井!屈みなさい!!」
田井と五十嵐の声が響き渡る。
そして、俺の弾は見事に田井の右腕にヒットしたようだ。
「ぅわあああああ!!!!」
そう、俺は今得意の跳弾を利用して奴らを追い詰めていっている。
ここは運よく岩山に囲われた一角だ。
次は8発。その次は16発。
徐々に跳弾の数を増やしていく。
こうしておくことで俺はこの場から動く必要は無い、後はこの能力が尽きる前に相手の体力ゲージを無くしてしまえばいいだけだ。
俺は少し離れたところにいる天夜に目配せした。
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【田井雄馬】
んだよあいつ!
なんかよくわかんねーけど、全然このフィールドに堪えてねぇ!
すっげぇ速いし、俺みたいに近距離で闘うタイプだとやりにくい!
跳弾がぶち当たるわ、避ければそれさえも跳弾するわで、てんやわんやだ。
でも五十嵐は時間を稼げって言ってたし、なんか策はあんだろ。
「あーもう!うざってーー!!」
地面横に埋もれていた大きい岩へと手をかけると、それを引っこ抜く。
今の俺は、足、腕両方に能力が送り込まれている。
「だっ…りゃ!!!!」
そして、それを力いっぱい日当瀬へと投げつけてやる。
んが、あいつは岩を足蹴にし、更に高く舞い上がると、まだまだ銃をぶっ放してくる。
「あぶねぇ!!いってぇ!!」
どれだけ筋肉という防御を持っていても、跳弾で勢いを増した弾は痛い。
致命傷にならないだけマシだったが、なんかパチンコの玉がいっぱい流れてくる所に放り投げられているような感覚だ。
五十嵐は避けれなかった弾が掠って血が出ても、痛みなど感じていない様子だった。
まぁそうだよな、それがあいつの能力だし。
ただ、出血とかで体力は減ってくんだろうけど。
御神はっつーと、幻術を繰り出す前に、支援してくる天夜に手こずってるみたいだ。
うーん、時間稼ぐ間に俺達アウトになるんじゃね?
降り注いでくる弾の嵐に眉を顰めながら、自分の体力ゲージを見た。
日当瀬が出て来てからだいぶ減って来ている。
こんだけ動いても身体があったまる前に、急激な寒さが襲ってくる。
あーあったけー風呂に入りてー。
涙目で跳弾する弾を腕の筋肉で弾きながら、大きく息を吐いた。
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【天夜巽】
凄いな、日当瀬。
五十嵐さんからヒントを得たって言ってもここまで直ぐに能力を応用できるってのが凄い。
それでも幻術に弱いところはきっと変わらないだろうから僕の仕事は御神を抑えること。
吐く息の白さが増していく。
そろそろ、僕も限界が近い。
そうしているうちに日当瀬から目配せが来た。
これは確か仕掛ける合図だ。
那由多と三人でフォーメーションを組んでいる時に色々決めたんだ。
といっても、日当瀬は那由多にしか出したこと無いけど。
日当瀬が跳弾を撃ったと同時に僕達は三人目掛けて走り込む。
跳弾に気を取られていた様で僕達の奇襲に気付くのが一瞬遅れている。
特に田井。
僕も日当瀬も田井を目標に突っ込んだ……。
筈だった。
“日当瀬晴生 体力ゲージ0によりOUT”
その放送が響き渡ったと同時に日当瀬は控え席へと強制的に戻されていた。
「な、なんのつもりだてめー!!……!!!」
頭上の控え席から日当瀬の叫び声がした。
しかし、次の瞬間、仲間の悲鳴が聞こえた。
「日当瀬君!!!」
「おい!晴生!!!!」
どうやら日当瀬が倒れたようだった。
そうして、僕の気が控え席に向かった一瞬の隙をついて、五十嵐さんが僕の傍まで来ていた。
「………ッ!!!!」
クナイで捌こうとしたが間に合わず、それは僕の横腹を切り裂く。
更に僕が飛んだ先には田井が居た、彼は僕の胸倉を掴むと谷底へと放り投げられた。
駄目だ、この距離じゃ鎖鎌も届かない。
“天夜巽 場外によりOUT”
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【千星那由多】
一瞬何が起きたのかわからなかった。
晴生の体力ゲージが0になったという放送が聞こえた瞬間に、晴生が気を失いこちらへと戻ってくる。
続いて巽も少しの怯みを突かれたのか、場外でOUT。
「ど、どーいうことだ…?」
俺が見てた限りでは、晴生は言わば無敵状態だった。
あの調子なら勝てると踏んでいたけれど、それはまったくの誤算だった。
俺の言葉に返事をするように、五十嵐栞子の声が響き渡る。
『彼の体温が下がり過ぎたのです。
その状態であれだけの運動量で汗をかき、濡れた衣服のままでこの極寒で動きを止めると、低体温症になります。
このフィールドでは、彼の行った行為はほぼ自殺行為です。
彼は私の能力を真似たようですが…。
私がどれだけこの能力と付き合ってきたと思いますか?
加減など、手に取るようにわかります。だから、私は彼みたいなヘマはしない。』
淡々と告げられる言葉は、このフィールドで五十嵐栞子が絶対的な存在だと言われているようだった。
戻って来た巽も腹に傷を負っている。
なんとか休めば体力が回復し、自己治癒ができるだろうが、問題は晴生だ。
「だめ、日当瀬君…呼吸が弱い…」
晴生の側にいた三木さんが弱々しく声を出し、みんながそちらへと視線を向ける。
かなりの重傷みたいだ。
そして、今の晴生をどうすればいいのか俺には知識がない。
「低体温症の重傷で呼吸が弱かったら、通常よりゆっくり、少な目に人工呼吸…って、聞いたことあります」
「わかった、俺がやる」
三木さんの言葉に率先して出て来たのは夏岡先輩だった。
いつもと表情が違い切羽詰まった感じは、晴生がこんな状況だからなんだろう。
俺はただそれを見守ることしかできない。
そして、こういう時に回復要因がいないのは本当に辛い。
「このまま闘いが長引けば不味いネ。早く病院行くなり回復してもらうなりしないと」
副会長の言葉に冷や汗が流れ心拍数が上がって行く。
そして、フィールド内にいる会長と弟月先輩へと視線を送った。
あちらは5人。
そしてこっちは残り2人。
でも、二人を信じることしか、今の俺にはできない。
「……っ……」
座り込んでいる巽の側へと寄ると、腹の出血を抑えるようにポケットにしまっていたハンカチを宛がう。
今は最悪な結果を、考えないようにしよう。
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【御神圭】
僕が手を出すまでも無く、日当瀬君、天夜君はOUTとなった。
本当に頼りになる仲間だ。
そして、少ししたところで神功君と弟月君がこちらへと来た。
「やはり、間に合いませんでしたか。」
神功君がそう告げると同時にまたステージが変わっていく。
寒さの次は砂嵐。
砂漠フィールドへと姿を変えて行った。
「2対5は流石に君たちでも辛いんじゃないかい?
恵芭守は悪い高校では無い、君たちが勝った場合は人数分治療する。
君たちが負けた場合は全員治療するから安心して負けたまえ。」
視界が悪くなった中で僕は神功君達を見つめながら告げる。
弟月君がこちらへと歩いてきた。
「そうですね……晴生君の症状では余り時間は有りませんしね。
弟月太一…。」
弟月君の後ろで神功君が言葉を並べて行った。
弟月君の足が止まる、そして僕達に向かって銃を構えた。
「そうだな。」
次の瞬間弟月太一はトリガーを引いた。
しかし、その時彼の銃は自分の眉間へと突きたてられていた。
そう、彼は自害したのだ。
“弟月太一 体力ゲージ0によりOUT”
そんな声が響き渡る。
そして、次は神功君の姿が視界に入る。
その姿は今にも自分に刃を立て自害しようとするそのままだった。
甘い香りが辺りに漂う。
その時僕に違和感が生まれた。
この香りは。
「危ない!!栞子!!!!」
弟月の自害を茫然と見つめていた栞子を僕は抱きしめる。
弟月太一の自害は事実。
しかし、神功君の自害は偽物。
そして、神功君の槍は弟月の死角から真っ直ぐに栞子さんに向かって飛んでいたのだ。
誰もが惑わされる現実と虚実を交えた幻術。
"御神圭 体力ゲージ0によりOUT"
僕の背中に槍が突き刺さる。
本当なら突き刺さる前に控えに返される筈なのに僕の背中には激痛が走った。
きっと、彼の槍が速すぎて間に合わなかったのだろう。
「御神様!!!!」
「おや、少し手筈が狂いましたね。これで後、4人。そこは変わりませんが。」
栞子の叫び声と神功君の声が最後に聞こえた。
そのまま僕の意識は途絶える。
この槍が当たったのだ栞子じゃなくて、良かった。
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【五十嵐栞子】
御神様が私を庇い、神功の放った槍にささった。
心臓が大きく脈打ち、奴の容赦ない行動に背筋に悪寒が走る。
いえ、油断してしまった私が悪いの。
私のせいだ。
フィールド外へと出た御神様は気を失ったようだった。
小鷹がすぐに治療に取り掛かっている様子が見える。
視界が震え、動揺の色が隠せない。
だめ、今は集中するのよ、御神様はきっと大丈夫。
拳を強く握ると、私は弓を神功へと向けた。
砂嵐で更に視界が悪くなっていくなか矢を放つが、まるで手ごたえは感じられない。
「っ……!」
仲間の姿さえ認識できないほどの砂嵐、とにかく今は相手の様子を見るために身を隠すしかない。
そう思い地を蹴った瞬間だった。
「―――…!!……!」
吹き荒れる風に紛れて声が聞こえる。
微かに見える先に、田井と大比良がいた。
「田井!大比良……――――ッ!!??」
二人の名を呼んだ瞬間に、その二人の行動に目を疑った。
大比良は機関銃を田井に向け、田井は大比良に向かって拳を突き出している。
どういうこと?この嵐で敵だと誤認しているわけではないはず。
混乱する思考がすぐにたどり着いた答えは、簡単なことだった。
これも……神功の幻術。
「やめなさい!田井!!大比良!!それは神功ではありません!!」
声を荒げてもまったく二人には届かない。
私達に勝算があったはずのペースがどんどん乱れて行く。
神功が、一人になったことによって。
冷や汗が流れ、それさえ風で散っていった。
この時私は、これから起きる恐怖だけを感じていたのだと思う。
-----------------------------------------------------------------------
【弟月太一】
全く。
俺はいらないと言わんばかりの使い方だったな。
まぁ、幻術に引っかける為に現実も入れたかったのだろうけど。
俺は控えのスペースに戻ってきた。
ここからすら砂嵐に塗れて中の様子は見えにくい……いや、そういうことか。
全く、アイツはどれだけ嘘を重ねれば気が済むのだろうか。
そう思って中に居る神功へと視線を落とした。
そこから日当瀬へと歩み寄る。
「状況はどうだ?」
「相変わらず、呼吸が弱いみたいです。」
俺の言葉に三木が一番に反応した。
夏岡が人工呼吸をおこなっている。
彼はバイトを多く掛け持ちしているがらそう言う知識は豊富だ下手に手を出す必要は無いだろう。
“田井雄馬 大比良樹里 体力ゲージ0によりOUT”
まぁ、確かに神功は幻術をフルに使うとなれば一人の方が戦いやすいか。
それに、これ以上負傷者を増やしたくないと言うことだろう。
相変わらず素直じゃない奴だ。
恵芭守側ではどうして自分たちがOUTになったのかすら分かって無い様だ。
二人で顔を見合わせていた。
これで後、二人。
本当は五十嵐狙いだったようだが、幻術に強い御神を先に倒したのは案外当たりだったかもしれないな。
-----------------------------------------------------------------------
【五十嵐栞子】
私の叫びも虚しく、田井と大比良はOUTになった。
焦る気持ちを抑えながら、とにかく今は残ったクロエと合流するしかない。
2対1、彼女も幻術にかかっていなければいいけれど…。
砂嵐の中、身体をよろめかせながら辺りを見回す。
それにしても…。
知穂のバトルフィールド形成、砂漠フィールドは何度も体験したことがあったけれど、ここまで砂嵐が酷いことがあったでしょうか。
目も開けていられないようなこの状況、神功にとっても不利であればいいけれど。
刀へと視線を送ると、既に刃が錆がかっている。
もうこれは使えない。
弓…は打ち込むことがこの風では厳しい。
「……くッ!!」
御神様、あなたがいなければ私はこんなにも無力なのでしょうか。
今は外の状況もわからない。
小鷹に任せていれば安心だけれど、それでも心配な事には変わりがなかった。
そのせいで思考が逸れてしまう。
まだまだ私も未熟だ。
闇雲に進んでいる最中、宙に舞う人影を見つけた。
神功…ではない、クロエだ。
声をかけても、もしかすれば彼女も幻術にかかっているかもしれない。
いえ、私でさえかかっている可能性もある。
それでも今は2人でいる方が安心だと思った私は、彼女の名前を呼んだ。
「……クロエ!!」
「五十嵐副会長…?」
すると宙に浮いている彼女から返答が帰ってくる。
彼女と視線が絡んだ。
どうやら、あちらは私の事をきちんと五十嵐栞子と認識しているようだ。
そしてほっとした一瞬。
クロエの身体に何かが追突し、そのまま横へとぶっ飛んだ。
左方向にあった岩山に、彼女の身体が固定される。
二又の槍。
その槍が飛んで来た方向へとすぐに視線を向ける、そこには神功がいた。
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【Chloe Barnes】
全く気配を感じませんでした。
私は気功使い、気配に聡い筈の私が何も感じないなんて。
普通攻撃なら流せました。
しかし、それを先の戦いで彼は分かっていたのでしょう。
二又の槍は攻撃を逃がし様が無い様にしっかりと私の中心を捉え、そして挟みこんで力を逃げないようにされる。
そのまま、岩山固定されてしまった。
しかし、これだけならば、槍からすり抜けることができれば。
「……!動けませ…ッ、…!!!」
彼の槍は私の道着をしっかりとくわえこんでいた。
私の周りを囲うだけでなく確りと岩に縫い付けられている。
道着を外そうともがいた瞬間、目の前には三叉を持った神功さんが既に居た。
“Chloe Barnes 体力ゲージ0によりOUT”
五十嵐副会長に伝えたいことがあったのに。
それすら伝えられないまま私は控えに戻ってしまった。
神功さんは槍を寸止めにしてくれたので、私に外傷は無い。
それよりも、五十嵐副会長に伝えなければとブレスレッドの通信ボタンを押したが砂嵐が酷過ぎて声が上手く届かないようだ。
「……すいません。」
駆け寄ってきたりっちゃんに私は謝罪するしかできなかった。
これほどまでの力とは思いもしなかった。
神功左千夫、彼はいったいどんな人生を生き抜いてきたのでしょうか。
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【五十嵐栞子】
クロエの身体が消失した。
OUTの放送が微かに聞こえた所で、クロエも神功にやられてしまったのだと確信する。
これで残るは私のみ。
神功が岩の槍を引き抜いた瞬間に、視線がこちらに向く。
全身に恐怖が駆け巡った。
殺されるわけではない、それなのに「このままでは殺される」と本能が反応している。
「私は…負けません!!」
砂嵐の中、弓を何本も放つ。
追い風に乗って速さが増し、神功の元へと飛ぶが、奴はそれより先に槍を引き抜くと岩から離れた。
後を追う様にして弓を構えるが、どうしても逃げられる。
「……っ!!」
これではダメだ、そう思ったと同時に辺りの景色が再び変わり始めた。
次は再び灼熱のマグマフィールド。
視界を覆っていた砂嵐が消え、神功の姿もはっきりと見える。
高熱に犯されて行く体温を下げ、このフィールドに適した身体へと能力を発動させる。
勝機はまだ…あるはず。
自分を信じて諦めないこと、それが今を乗り切る最善の策。
目まぐるしいフィールド環境の変化には、神功であってもついていけないだろう。
弓を構えなおすと後方へ引く神功へと駆ける。
その間もこれでもかと言うほどに何度も弓を放つ。
しかし、神功は突然思いもよらない言葉を口にした。
「もう勝負はつきました」
「……なっ……!?まだ終わっていないじゃない!」
神功はその言葉と共に槍を降ろす。
まだ、勝負はついていない、私の体力ゲージはまだある。
まともに闘っていないと言うのに、舐められているのか。
怒りが込み上げ、神功を狙い弓を構えた。
しかし、彼は武器を構えるどころか、薄らと微笑んだまま私を見ているだけだった。
侮辱されている気がした。
まだ、私は諦めていないと言うのに!
怒りにまかせ弓を引こうとした、その時だった。
「ここは灼熱フィールドではありませんから。そして、先程の砂嵐のフィールドもフェイクです。」
「――――ッ!?」
神功の放った言葉に耳を疑う。
そしてそれと同時に急に身体の力が抜け、足がガクンと膝から曲がり、その場に膝をついた。
放たれた矢はあらぬ方向へと飛んでいく。
どんどん呼吸が困難になっていき、小刻みに息をするが、酸素が送られてこない感覚に目を見開いた。
身体が異様に冷たい。
おかしい、能力が発動していない。
いえ、しているはずなのに、自分の身体が悲鳴を上げている。
「な…っ、ん……、で……ッ……!」
完全に身体が重力に負け、地面へと突っ伏した私の目の前に、神功の足が見えた。
顔もあげることができない。
意識が朦朧とし、感じたことの無い恐怖、そう、死への恐怖が全身を支配し始めた。
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【神功左千夫】
御神圭が居るので、幻術に強いと拙いとは思ったがどうやらそれは杞憂だった様だ。
まだ、御神圭が来てから日が浅いからだろう、計画通りに事は進んだ。
体力が削られていたことも一つの要因だと思うが。
僕は五十嵐が倒れると全ての幻術を解く。
武器はブレスレッドに戻り辺りは氷山のフィールドへと姿を変えた。
「五十嵐さん、貴方には感覚と言うものがない、それが命取りなのはよく御存じなようですのでそれを逆手に利用させていただきました。」
“五十嵐栞子 体力ゲージ0によりOUT
よって、愛輝凪高校、第二ステージクリア”
微笑みと共に倒れた五十嵐栞子にそう告げると放送が流れ、彼女の姿が消えて行く。
「一人分治療して貰えるのですよね、でしたらこちらは日当瀬晴生を…」
「どういうことだ!!確かに私は砂嵐にフィールドを変えた筈だ!!」
辺りが何もない空間へ変化するとともに僕は恵芭守サイドを見つめ、治療のメンバーを告げた。
言うよりもはやく小鷹安治は動いてくれた様だったが。
そして、このフィールドを形成していた葛西知穂の言葉が僕に向けて掛ってくる。
「変えたと思わせた、そう言うことです。
僕はフィールド内の人物だけで無く貴方達にも幻術を掛けましたから。」
全員が唖然とした表情でこちらを見る。
只でさえ僕の幻術の範囲は広い、そして、こちらを見てくれているならばなおさら引っかけやすい。
「そして、幻術とは色々あるのです。
今回貴方達を欺いていたのは視覚だけ。分かりますよね?
五十嵐栞子は目では砂嵐、灼熱にいると認識する、感覚の無い彼女はそれが全てになる。
よって、体から熱を放出させてしまう。
日当瀬晴生は彼女と同じ状態になったがまでは良かったのですが、熱を放出しなければいけないことが掛けていたのでしょう。
僕は彼の状況を把握していた訳ではないですか。
視覚のみと言うことで、Chloe Barnes、田井雄馬、大比良樹里には直ぐに気付かれると思いまして、先にOUTになって貰いました。
そして、この砂嵐で通信を塞ぐ。その時点で既に勝負は決まっていたのです。
五十嵐栞子は感覚が無い為に視覚に頼り、今は灼熱だと思い込み体の体温を下げる為に熱を逃がす。
それを雪山でするとどうなるか分かりますよね。」
全員の表情が凍りついている中、椎名優月だけが嫌な笑みをこちらへと向けていた。
もしかしたら彼は気付いていたのかもしれない。
仲間に伝えなかっただけなのだろうか。
勝負は決まったので僕は皆のところへと戻った。
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【大比良樹里】
また負けちゃった…。
樹里、あの神功さんと闘ってると思ってたのに、あれも幻術だったみたい。
全部手の平の上で転がされていた樹里達の負け。
あの人、かなりの修羅場を潜り抜けてると思う。
樹里達だって毎日頑張ってる。
けど到底及ばないくらい、神功さんは今までとてつもない苦労をしてきたのだと思う。
御神会長は安治君に治療してもらったけど、傷が深いのかまだ意識を取り戻さない。
まだ少し時間がかかるって。
戻って来た五十嵐副会長もかなりの重傷。
それでも彼女は御神会長を心配しているのか、寄り添ってそこから離れようとしなかった。
先に安治君は愛輝凪高校の日当瀬君の治療を行っている。
低体温症の重症者は、素早い対応が必要。
あちらは夏岡さんがずっと人工呼吸を行っていたおかげで、なんとか命は落とさずに済んだようだった。
そして、治療を終えた安治君がすぐにこちらへと戻ってくる。
「五十嵐副会長……治療を…」
「それ、より御神様…を…」
「もう手は尽くしてあります。気を失ってしまっているので、私ではどうしようもありません」
五十嵐副会長は、本当に御神会長の事が好きだ。
樹里には恋とか愛とかそんな気持ちわからないけど、本当に二人は心の底から愛し合っているのだろうなと思う。
「さっさと治療してもらえ五十嵐、これ以上足手まといになる気か」
「……っ」
加賀見副会長がそう告げると、いつもなら何か言い返す五十嵐副会長だけど、あまりに身体がきついのか御神会長の横へ静かに横たわった。
空気が悪い。
いつもの事なんだけど、御神会長が機能していないと、ここまで悪くなるものなのかと胸が痛んだ。
安治君が五十嵐副会長に素早く治療を施していく。
彼は本当にすごい。
誰かを助けることができる能力、とても素晴らしく羨ましいなっていつも思っちゃう。
顔色が徐々に良くなっていく五十嵐副会長を見て、小さく安堵の息を吐いた。
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【三木柚子由】
「あー!!!!スゲームカつく!!!すいません、千星さん俺、なにも役に立てなくて!!!」
日当瀬君は意識を取り戻した途端元気になった。
感覚を遮断したのと似たような原理で自分の心拍数などを調整したっていってたけど、私にはよくわからなかった。
そうしている間に恵芭守のメンバーは消えてしまった。
「夏岡さんも本当にすいません!とんだ迷惑掛けちまって…。」
それから日当瀬君は千星君と夏岡さんに謝り倒していた。
左千夫様はいつものように佇んで微笑んでいる。
「にしても、会長は寒くなかったんですか?平気そうでしたけど。」
天夜君も傷が全開したようで、会長に疑問を投げかけていた。
「寒かったですが、人間が戦える程度の寒さなら僕には耐性があります。
熱さもしかり、ですね。
今回は少し、ぎりぎりでしたね、それでは全員大丈夫なようなので、先に進みますね。」
そう言って迷路のように入り組んでいる道を歩き始めた。
左千夫様、無理してなかったら良いけど。
私は不安気に彼の後ろ姿を見つめた。
本当に左千夫様にとってはこれくらいなんとも無いのかもしれないけど。
少しでも彼の負担を和らげて上げれたらなと私は肩を竦めた。
■Mission No.68「スペル戦争(先鋒対決)」
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