【千星那由多】
二回戦の決着がついた。
結果は、夏岡先輩と弟月先輩の負けで終わってしまった。
けれどこれも狙いの一つだったようなので、勝ちに拘っていたわけではないようだった。
「あーマジ恥ずかしかったんだけど!!あんな縛り方されるって聞いてないし!!」
晴生に拘束を解かれた夏岡先輩がガックリと項垂れている。
確かにあの縛り方はさすがの夏岡先輩でも恥ずかしかっただろう…というかかなり嫌だっただろう。
俺だったら恥ずかしさで死んでる。
痴態がここにいる全員に晒されるようなものだ。
「“中堅 天夜巽・日当瀬晴生 大比良樹里・小鷹安治 前へ”」
落ち込んでる夏岡先輩をどうにか励ましていると、次の試合相手が呼ばれた。
巽と晴生のペア……大丈夫なのだろうか。
いや、こんな俺が心配するのもどうかと思うが、ハッキリ言ってこの二人がペアになって良い事など無いだろう。
絆とかそういう目に見えないもので競い合うとしたら、ここのペアは一番最悪だ。
うまく協力してくれたらいいけど…。
配置に着く前に、すでにぎゃいぎゃいと揉めている二人を見て大きなため息を漏らした。
でもまぁこのペアを選んだからには、何か意図とかもあるんだろうし。
俺は応援するしかない。
「二人ともがんばれよー…」
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【日当瀬晴生】
クソ!なんでこんな奴とペアなんだよ!
さっきはわざわざ協力してやったのに負けちまったし!
あー……んと、厄日だぜ。
取り合えず、俺が執行者になった。
それはまだ傷が癒えて無いからとかいっていたが、んなもん関係無い。
こんな奴に体を預けるなんてまっぴら御免だからだ。
次は向こうからメンバーが降りてくる。
どうやら、でっかい男と、小さな女、機関銃を振り回してた奴だな。
小鷹安治が執行人で、大比良樹里が犠牲者か…。
一見逆な取り合わせに見えるがここはこのスタンスらしい。
コイントスが始まる。
先に恵芭守側が表と言ったのでこちらは裏になった。
高らかに上がったコインは表だった。
本当に今日は付いていないらしい。
俺は煙草を銜えると火を灯した。
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【大比良樹里】
樹里達の番が回って来た。
相手は日当瀬晴生さんと天夜巽さん。
ここの二人仲が悪そうに見えたけど、大丈夫なのかな…。
ううん、敵の心配をしてる場合じゃないや、これが樹里の悪い癖。
だからスペル戦争の執行人には全然向かない。
「頑張ろうね、安治君…」
配置に着くまでに安冶君に声をかける。
彼はあまり喋らないので、小さく頷いて控えめに笑ってくれた。
これが彼なりの返事だ。
先攻はこちらから。
あちらの犠牲者は天夜さん、執行人は日当瀬さんだ。
安治君がお辞儀をしたので、私も慌ててお辞儀をする。
いつでも礼儀正しい彼が樹里は好き。
「では……先に失礼する。
…………土から現れし診療台は犠牲者の身体を拘束する。
目、口、耳、全てを塞がれた犠牲者は、土から這い出た闇の医者によって、鋭い石のメスを突き立てられてしまう。
それはどんな恐怖になるのだろうか。
手足の甲に突き立てられたメスは取れることはない。
彼はきっと標本の中の蝶のように、動けなくなるだろう…」
あまり言葉数の多くない安治君が、この時だけは良く喋る。
彼の心地よく低い声が響き渡るだけで、安心できる気がした。
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【天夜巽】
どうやら日当瀬は全く協力する気はなさそうだ。
まぁ、それで勝てるならそれでいいけど。
それにしても会長は何を考えて僕達をペアにしたんだろう。
まさか、溢れたからとか、…無いよね。
会長の方を見やると相変わらずの微笑みでこちらを見ていた。
そうしている間にスペル戦争が始まる。
安治君の言った通り僕は岩でできた台に拘束されてしまう。
そこで、視界は完全に奪われてしまったので何が起こったかは分からなかったがスペルの通りだろう。
もう少し速かったら防御スペルも唱えられたんだろうけど…。
ちょっと迂闊だったと思った時には全身に痛みが走った。
まぁ、僕は犠牲者だから動け無くても大して問題無いか。
全く動かない手足を感じながら悠長にそんなことを考えていたら日当瀬の声が響いた。
どうやら耳の拘束が取れたらしい。
「耳の穴を掻っ穿ってよく聞きやがれ!
俺はコイツの事が大嫌いだ、正直協力する気も無い。
だが、俺達の千星さんに関しての絆だけは言うことなく最強だ。
そして、俺達は彼の為だけに勝利をもぎ取る。
突き刺さったメスが引き抜けないなんてことは物理的に有り得ない。
加えてあのお方なら簡単に引き抜くだろう。
その抜かれたメスや岩は高温の炎によって熔け、熱の塊のままテメェらに向かってとんで行く。
それはまるで、俺がいつも使うような弾丸になって全ての物を貫通する。」
うーん。
なんとも言えないけど、日当瀬らしいし。
そのことに置いては俺は全く異論が無い。
そう思っていると視界が見える様に拘束していた岩も無くなった。
但し俺が痛みを感じた分だろうか、手首に茶色いものが巻かれている。
……どうみたって、ガムテープだ。
今回の拘束はこのガムテープなのだろうか。
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【小鷹安治】
……大体の者は、ペア同士に絆という物が少なからず存在する。
私と樹里もそうであって、他の部員もそうだ。
だがしかし、目の前の男達は特殊だ。
本人同士は見た目でわかるぐらいには仲が良さそうには見えない。
寧ろ悪い方だろう。
けれど、その二人を結んでいる人物、「千星」という人物が信じる糧としての作用を果たしている。
本来であれば、絆の無い者同士の精神バランスなど最悪だ。
私の先ほどのスペルが発動しすぎることだってあるだろう。
しかし、それは見事にこちらへ攻撃として戻って来た。
それほど、「千星」絡みであればあるほど、二人は強固な絆を持てるのであろう。
彼らがどうなるのか、暫く様子を見てみる事にする。
「……樹里は弾丸には強い。
それは彼女が今まで培ってきた物の成果だ。
弾丸は彼女を貫かない。
地から産まれる自然をエネルギーとした二本の機関銃は、彼女を守る。
水を引き上げ高圧縮させた弾は、熱の弾丸の威力を弱め、君達に雨のように無情に降り注ぐであろう」
そのスペル通りに、地面から樹里よりも大きい機関銃が生えてくる。
そこから水圧の弾が撃たれると、こちらに飛んできた熱の弾を捕らえた。
いくつかは樹里と私の身体を威力なく掠めたが、大した傷ではない。
そして、機関銃から放たれた水圧の弾は、弧を描きながら無数に彼らへと降り注いでいった。
「樹里、大丈夫か…」
「うん、平気だよ」
彼女のあたたかい声が後ろから聞こえる。
できることなら無傷でこの勝負を終えたいが、油断は禁物だろう。
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【天夜巽】
「俺の弾丸はそんなにやわじゃない。
なぜなら、彼を守るために存在するからだ。
そして、こいつが使う、鎖も同等。
彼を守るために存在する故にテメェらから発せられる、弾では届かない。
天夜から伸び出た鎖は分離し、鉄くずになってから再び、クナイへと構成。
そして、そのまま二人へと飛びかかる。
性別の違うテメェらには分からない友情、それが、俺達の絆。
いや、俺と千星さんの絆だ!!!」
日当瀬…。
既にそれ、俺の存在ないと思うけど…。
いや、一応俺の武器系統をもじってのスペルなので居ると言えばいるのか。
なんともやるせなさに肩を落とすが、あんまり口を挟まない方が良い様だ。
日当瀬は一人でノリノリ状態だしね。
「はん、テメェと一緒に戦うのはごめんだが、テメェの能力だけ好き勝手に使えるのはやりやすいな。」
後ろを向きつつそういっていきた。
褒められてるのかけなされているのかよくわからないけど…。
鎖をすり抜けた水圧の弾数発は僕を掠めたが血は出ない。
代わりにガムテープが少しはり付いていた。
取り合えず、日当瀬が使いやすいようにと辺りに暗器を散りばめて行く。
足元に散らばる武器に、自分のどこにこれが収納されているのかと肩を竦める嵌めになったが。
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【大比良樹里】
目の前の二人はとても変だ。
執行人の日当瀬さんはまったく天夜さんの事を気にしていない。
寧ろここにいない「千星」という人の事ばかりスペルにしてる。
珍しい。そして、ちょっとその崇拝ぶりが怖い。
でもそれは天夜さんもわかってるみたいで、そういう関係だと割り切ってるんだろう。
クナイがこちらへと飛んでくる。
天夜さんは暗器使いだ。
素材があればあるほど、この世界では武器を形成することができて、有利になる。
でも…どこからあんなに武器が出てくるんだろう…。
「…クナイと成った弾はこちらへと返ってくる。
彼女は傷つくであろうが問題はない。
身を削り受け止めたクナイは彼女の能力に反応する。
その全てを集めれば、一つの大きな大砲となるだろう。
それは私と樹里の絆でより威力を増して行く。
君の言う絆は私には全く理解できない。
しかし、私達の絆も君には理解できないのと同義である。
ここに居ない者は、君達を助けてはくれない。
この世界には執行人と犠牲者しかいないのだから」
飛んでくるクナイが私を切り裂く。
痛みと共に腕や足にガムテープが巻き付いた。
そして、突き刺さったクナイを私の能力、「どんな物でも弾にできる力」と反応していく。
それは大きな大砲となり、日当瀬さん、天夜さんへと狙いが定まった。
確かにあの二人の絆、いや、日当瀬さんの絆は良くわからない。
こういうタイプは初めてだからって言うのもあるけど。
それに、彼の一方的な気持ちは「絆」って言うよりもなんだか…。
「そ、それって、絆って言うより……ストーカーなんじゃないですか…?」
その言葉を合図に、大砲は一直線に日当瀬さんへと飛んでいった。
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【日当瀬晴生】
後ろでガチャガチャ音がする。
きっと天夜が暗器を放り出してるんだろうが、どんだけ持ってやがんだ。
確かあいつの武器は基本使い捨てなのでイデアさんが大変だとか言ってた気がするな。
本当に迷惑なやつだ。
「彼がここに存在しない。
それは現実だ。
しかし、俺達の心の中に常に彼はいる。
それで十分だ、それ以上は何も望まない。
その心の中の存在のみで俺達は戦える。
つーか、後ろのコイツはしらねぇが、俺はストーカーじゃねーよ!
尊敬してるつーんだ!!!
ったく、女はこれだから困るぜ、直ぐに犯罪の方面へと持っていきやがる。」
俺達に向かって大砲の弾が飛んできたが俺はそれを普通に避けた。
「うっわ!日当瀬ッ!
僕の鎖が地上かららせん状に舞う。
それは僕を取り囲み爆撃、爆風を和らげる。」
俺がスペルを唱え無くても持ち前の反射神経で天夜は防御を行った。
背後では物凄い音と爆風がしたが。
この辺りは楽だなと思いながら、俺は煙草を指で挟んだ。
「煙草の煙、大砲が爆発した煙、それは同じもの。
煙も熱を持つことができ、高温の煙は二人の絆をかくす。
そしてその熱で少女を焼き、再び空が見えるころには二人の絆が断裂してるだろう。」
そう言うと爆風と俺の煙草の煙が合わさって二人へと飛んでいった。
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【千星那由多】
は、恥ずかしい……。
なんでだろう、俺闘ってないのにすごい汗かいてる。
……これは冷や汗だ。
こんな恥をかかされるのであれば、俺がどちらかと組めばよかったのだろうか。
いや、多分どちらと組んでも結果は同じだろう。
寧ろあの中で受ける羞恥プレイを考えると、今の方が数万倍マシな気がする。
「……なにあのスペル……気持ち悪い……さすが犬……」
後ろの方で幸花の声がした。
俺だって気持ち悪いよ。
できれば今すぐ土下座してでもやめてもらいたい。
愛輝凪のみんなは慣れているから特に反応は無いが、恵芭守側からの俺を見る視線が、憐みを含んでいる気がする。
ストーカーではない…はずだが、この精神的苦痛はストーカー以上の威力がある。
ここは応援すべき所なんだろうけど、どう応援しても周りから気持ち悪がられそうなので声もでなかった。
とにかく一刻も早く決着をつけてほしい。
晴生が避けた大砲が巽の方へと飛んで行ったが、そこはスペルでなんとかしたようだった。
そして、視界を奪う煙が相手側へと飛んで行く。
二人の姿が見えなくなった瞬間、小鷹の声が響いた。
「私達の絆が断裂?それは絶対に有りえない。
彼女を守るのは私だ、そして私を守るのは彼女だ。
遠い昔に約束した。こんな一瞬の事で、それは消えることはない…。
彼女が手を伸ばせば、煙はその手中へと収まって行く。
空気さえ弾にすることができる彼女には、とても容易いことだ。
そして綺麗な丸い熱の弾ができあがれば、それは花火となるだろう。
空高く舞い上がった火花は、地面へ落下しても消えることなく、絆の無い君達を燃やしていく」
あの大比良って子はなんでも弾にできるみたいだが、空気とかもできんのか。
消耗する物が自分で作れるって便利な能力だな。
それにしても、晴生と巽はこのままで大丈夫なんだろうか…。
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【天夜巽】
「ちっ、便利な能力だな。
スペルに上乗せの効果があるつーのが厄介だぜ。」
と、言いながら日当瀬は煙草を吹かしている。
絶対本当に厄介だと思って無い。
そして、俺がなまけてると容赦なく防御スペルを省いてくるってのもちょっと厄介。
色んな意味で緊張感のある試合だ。
「たまやーってか。
ったく、弾ばっかりで能のない能力だな。
武器も機関銃、能力も弾の形成、捻りがない面白くない能力だ。
遠い昔の絆なら天夜が、近くて濃い絆なら俺が。
俺達はその両方の絆を持ちあわす。
彼が居れば俺達に絆は必要ない。
絆が無くても戦えることは今証明できている。
焦げる様に熱い火の塊が降ってくる。
それは冷えた地面に当たった途端靄が出る。
その靄に隠れながら天夜の銀の武器が雨のように降りかかる。
クナイ、鎖鎌、それは言葉に出来ないぐらいの数、種類。
到底弾の形成が追いつくものでは無い。
しかし、見える弾が全てでは無い。」
どうやら、俺の武器に混ぜて日当瀬は自分の空気砲を混ぜる様だ。
なるほど、これは結構いい致命傷になるかも。
もちろん、花火の防御はしてくれなかったので俺にガムテープが巻きついていった。
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【小鷹安治】
この二人の絆…と言えばいいのだろうか。
それは「千星」が繋いでいる。
まがい物などではない、純粋に二人は彼を思う事でここまでの力を発揮しているのだろう。
その証拠に、日当瀬の放ったスペルは見事だった。
靄に紛れて落ちて来る無数の暗器をどう対処しようか考えたが、ここは素直に…。
「樹里、すまない。少し我慢してくれ」
「うん、大丈夫だよ」
振り返り眉を寄せると、その言葉に樹里は小さく頷いた。
このターンでは防御スペルは使わない。
攻撃スペルも使わない。
……私の能力を使う。
樹里の身体が切り裂かれて行く。
その部分にガムテープが巻き付き、彼女の身体は見る見る内に雁字搦めになっていった。
私はその光景を何もせずじっと見つめていた。
彼女を信じているからだ。
樹里の心身は打たれ強い。私よりも。
そして、樹里はこの無残な攻撃を見事に耐えぬいてくれた。
ガムテープの隙間からわずかに覗く表情は、小さく笑んでいる。
樹里に近づくと、小さな肩に手をかけた。
「……ありがとう、樹里。今から治療してやるからな。
……彼女の身体は傷ついてしまった。
しかし、傷ついた身体だからこそ、私の能力は発揮できる。
彼女の我慢は無駄ではない。
今から唱えるのは回復スペル。
樹里のためにこのターンを使用する。
私が触れる部分全ての痛みが消え、そしてそれと同時に拘束も解けて行く。
彼女の身体は何もなかったかのように綺麗になり、もう一度闘う事ができるだろう」
そのスペルを唱えると、ガムテープが巻き付いた身体に触れて行く。
拘束は光を放ち弾けて消え、傷もどんどん癒え初めた。
そして、数分も経たない内に彼女の身体は、最初に闘い始めた時と同様の姿へと戻って行く。
私の能力は回復だ。
もちろんそれはこのスペル戦争でも使用することができる。
傷どころか拘束も解けてくれるのはありがたいが、この能力は頻繁に使用するつもりはない。
ズルをしているような気になるからだ。
「ありがとう、安治君。…すっかり治ったよ」
元気になった樹里は大きく伸びをして、控えめに笑った。
-----------------------------------------------------------------------
【日当瀬晴生】
なるほど。
回復で包帯は取れる仕組みか。
「それは、それは、いい情報をありがとな。」
それだけ言うと天夜は意味を分かった様だ。
このターン俺はすることが無いので短くなった煙草を携帯灰皿へと押しつけた。
「君が拘束を取れるならそれは僕も同じ。
僕は日当瀬からは何も望まないが、自分で拘束を解くことができる。
なぜなら、僕を束縛できるのは只一人だから。」
天夜の自己治癒能力が働いていく。
つーか、気持ち悪いスペルだ。
絶対、千星さんに引かれてるぞ、それ。
回復はどうやらターンを食うと言うよりは、回復と攻撃や回復と防御等組み合わせると回復力が鈍るのだろう。
そうなると、どちらが回数多く回復を使えるかだが…。
天夜は小鷹安治程回復の場数をこなしていない。
そう言うことははやく相手の欠点を見つけて攻めた方が得策と言うことだ。
このターンはこれで、終えると俺は再び煙草に火を灯した。
「お互い回復できるから、不公平じゃないけど中々終わらないかもね。」
後ろから天夜の呑気な声が聞こえた。
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【大比良樹里】
天夜さんも回復できることは知っている。
もちろんそれが自分と千星という人にしかできないことも。
それでもやはり、安治君の治癒力には敵わないと思う。
安治君はこの方法はあまり好きじゃないから、この先何度も使うとは思えないけれど…。
そのためには私もしっかりしなきゃ。
すっかり元に戻った身体を触りながら、安治君の大きな背中を見つめた。
「…見事な能力だ。これからも君はきっと成長していくだろう。
では、次は攻撃をさせてもらうことにする…。
無数に落ちているクナイ達は一つになって行く。
それは大きな鉄の塊となり、マシンガンとなる。
そのマシンガンを自由に操ることができるのは樹里だけだ。
自然にある物全てを弾丸にし、息つく暇も無い程君達に打ち込んでいくだろう」
安治君は私の長所をわかってくれている。
捻りが無いけれど、私が銃しか使えないのも確かだ。
彼は私を頼ってくれている、その意思を無駄にはしたくない。
クナイが集まって行き、私の目の前に大きなマシンガンができた。
それを構えると、辺りの空気、石、水、草や木なども全て圧縮し弾にしていく。
自然の素材ならこのフィールドにはたくさんある。
そして、それら全てをありったけ集め、彼ら目がけて打ち込んで行った。
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【天夜巽】
単調だな。
でも、絆は大したものだ。
ここをどう攻めるかで変わってくるだろうけど…。
「天夜。防御は無しだ。」
って、事は耐えろって事だね。
本当に日当瀬は俺の事どうだっていいんだ。
別にそれはどうとも思わない。
俺は手をクロスにするようにして全ての攻撃を受けた。
勿論、俺の前に居る日当瀬もその攻撃を受ける。
「……絆を断たれた事の無いお前たちには分からない絆を後ろの奴はもっている。
ずっと繋がっているお前たちは一度切れたら修復できない。
そして、その日は必ず訪れる。
離れる日が必ず訪れる。
その日を想像したことがあるか?
初めから直ぐに繋がれたお前たちには分からない。
初対面が最悪だったのに覆る彼の凄さを。
断とうとしたものでさえ救える彼の凄さを。
ずっと仲のいいお前たちには分からない。
仲良くするだけが絆では無い。
ぶつかり、悩み、色々なことがあるからこそ絆なんだ。」
そう。俺は過去に那由多とぶつかった。
それが出来るのも絆があるから。
日当瀬に至っては初めはクラスで浮いた存在だった。
それでも那由多と友達になった。
日当瀬は燻ぶった煙草を二人の間に投げた。
「絆の濃さだけ酸素が充満し、大きな爆発が起きる。
初めて二人を断ち切る炎、それにテメェらは耐えきれる…か?」
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【小鷹安治】
いつか離れる日が訪れる、と言った彼の言葉は重く響いた。
私と樹里は喧嘩などはしない、お互いの事をわかっているからだ。
しかし、それが時折正解なのだろうかと思ってしまうことがある。
ぶつかり合うからこそ分かり合える絆。
彼らはきっとそういう経験をしてきたのであろう。
そして、それを糧にしたスペルも強大であった。
彼らの攻撃はひとつひとつ威力がある。
元より頭の回転も速いのであろうが、ただ単に「千星」の事をつらつらと語っているわけでは無さそうだった。
何度も食らってしまうと、数回でアウトになってしまうほどには強いスペルだ。
「安治くん、防御はいい…」
防御スペルを唱えようと口を開いた時、後ろから樹里の言葉が響いた。
それと同時に背中を押され、私と樹里の距離が開いた。
辺りの酸素が爆発し、樹里の小さな身体が跳ねあがる。
「樹里……!」
地面に落ちてくる彼女の身体を受け止めると、身体には再びガムテープが大量に巻き付いていた。
「…私は大丈夫、攻撃、して」
「そういうわけにはいかない」
「大丈夫だから…あんまり回復能力使いたくない、でしょ?」
樹里の言っている言葉のとおりだった。
私はあまりスペル戦争では治癒能力を使いたくない。
「…ではなぜ防御スペルを唱えさせてくれなかった?」
「……相手も回復できるなら、大きい攻撃、した方がいいもん……」
樹里なりの考えだったようだが、私は彼女一人苦しませてまで闘う事は最初から考えていない。
そこが良く、甘いと言われ闘いに向いていないとも言われるのだが。
「…はやく、安治君。攻撃して」
樹里は微笑んでいる。
しかし、私にはそんな事できなかった。
元々私は回復役だ。
本能的に攻撃よりも防御することが身についてしまっている。このスペル戦争でもそうだ。
自らが傷つくことで気持ちを一方的に伝えられる事は、とても辛かった。
「……いいや、このターンは回復する。
私の能力をもって、樹里の身体を復元再生。
身体の拘束も、元に戻る……」
回復スペルを唱えると、樹里は悲しそうな顔をした。
自分の心も痛んだが、この行動は無口な私の最大限の「喧嘩の仕方」だった。
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【日当瀬晴生】
「今度はこっちも回復にするの?」
後ろから天夜の声が聞こえた。
あいつの頭の中のセオリーならそうなるだろう。
天夜も先程の攻撃でかなりのダメージを受けている。
あちらさんはさっきの攻撃の傷もかなり回復している。
先程よりは治癒が遅いみたいだがこのままこちらが回復に費やせば全快するだろう。
回復に、費やせば…だ。
「いや。このターンで片付ける。」
そう言って俺は吸い込んだ。
「今回初めて断たれた絆。
それは只初めてと言うだけ。
本当は絆があっても知らないことは沢山ある。
秘密にしていることは沢山ある。
ただ知らないだけ。
俺だって、千星さんのブリーフ姿は見たこと無い。
美少女ゲーム 〜絶頂☆ハーレム地獄っ!〜私のこと、愛してくれますか?〜をしている千星さんを横で見てみたい。」
夏合宿でのあの姿…。
千星さんのおうちでチラッとだけ見たあのゲーム。
そこに居る千星さんは全て俺の想像でしか無いんだ…!
ぐっと、拳を握った。
更にスペルに重みを持たせようと事例を述べようとしたその時だった。
「や、やめてくれー!!!!!」
天夜より背後から千星さんの声がした。
しかも、かなり切羽詰まった。
「は、はい!!すいません!!」
条件反射で俺はスペルを切ってしまった。
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【千星那由多】
俺は叫んだ。
目いっぱい叫んだ。
晴生が変な事を言ったからだ。
いや、最初からずっと変な事は言ってたけど。
でも……ブリーフとかエロゲの話は無しだろ!!!!
恵芭守側からの視線が痛い。
特に女子からの視線が痛い。
多分俺、絶対ブリーフ履いてると思われてるし、常にエロゲしてる変態野郎だとも思われてる。
これは……晴生のせいだ!!!!
咄嗟の制止の声で、晴生のスペルが止まった。
あれ以上俺の恥ずかしい事を言われたらたまったもんじゃない。
けれど、俺がこの「ターン自体」を止めてしまったと気づいたのは、敵側が口を開いてから気づくことになる。
「……どうやら君達の信じていた人物は、君達の行き過ぎた愛情によって傷ついてしまったようだな…。
このターンは私たちが制する。
地中に眠りし者達は目を覚ます。
大地が割れ、そこから突出してくる岩たちは地球のコアより授かった熱を大量に含んでいる。
それらは無数の銃となり、地中よりマグマを吸い上げてくるだろう。
そして、行き過ぎた絆を散々垂れ流した君達へ、絆の元“千星”に変わって鉄槌を食らわす。」
いやいや、俺そんなに怒ってない……いや、怒ってるけど!
怒ってるけど、敵に自分をスペルに使われるのはなんだか癪だ。
「あー…これ、ダメかもね」
「アホナユタのせい……」
夏岡先輩が頭を掻きながらそう呟いた後、幸花の一言が俺の心を抉った。
うそん……お、俺の、せいなの…?
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【三木柚子由】
結局日当瀬君達は大敗に終わってしまった。
執行者である日当瀬君までもがガムテープでグルグル巻きで倒れた。
マグマの弾は防ぐことも出来ず、大きくなりまともに二人を飲みこんでしまったからだ。
その状態でも日当瀬君は千星君に謝っていたみたいだけど。
今はガムテープは夏岡さんと弟月さんが丁寧に取ってくれている。
体の方は大丈夫みたいだけど…。
髪の毛とかとてもいたそう…。
“副将 三木柚子由・千星那由多 御神圭・椎名優月”
そう、次は私達だ。
そして今は負け越している。
左千夫様につなげる為にもどうしてもこの戦いはどうしても勝たなくてはならない。
私はグッと両拳を握った。
「御神は寝てなよ。僕一人で行ってくる。」
「一人?絆が無いと向こうから受ける攻撃が倍になるぞ。」
向こうで御神さんと椎名さんが何かを話している。
そして、戦場へと来たのは椎名さんだけだった。
確かに御神さんは意識がまだ朦朧としてるみたいだけど。
そして、私は左千夫様を見上げた。
「……那由多君。執行人、お願いしますね。」
私もその方がいいと思う。
私ではああいった絆を断つ言葉は思い浮かばないから。
同意するよう深く頷いた。
■Mission No.71「スペル戦争(副将対決)」
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