【神功左千夫】
エーテルから連絡を貰った僕は屋根の上をつたい一目散に目的地まで走った。
酷い耳鳴りがする、最悪の事態になっていなければいいが。
しかし、到着してみると最悪だった、僕の作った幻術が破られている。
ここにこういった施設があると知っているのは神功家、しかも上層部のみなのに。
繁華街からは離れているのでまだ誰の目にも触れていないのが幸いだった。
破られた幻術を覆う様に更に大きな、幻術、いや、結界の様なものを作りあげていく。
完全に外界からシャットアウトすると、後から来るメンバーの為に僕の幻影を一つ作って置く。
こうしておけばコイツが入口を作ってくれるだろう。
立ち入り禁止の柵を乗り越える様にして廃病院の敷地へと足を踏み入れた。
すると、病院の入口に無数の人影が浮かび上がる。
…いや、あれは人なんかでは無い。
二本足で歩行しているものが多かったがどれも人間とは言い難い容姿をしていた。
あるものは顔がオオカミに似ていたり、あるものは象、そして、ネコ、牛、ワニ…。
キメラと呼ばれる人間と動物の合成生命体がある。
病院から出てくる者たちはそれに酷使していた。
「――――……。」
僕は携帯を槍へと返る。
そして、全てを倒そうとしたその時だった。
「駄目です…!!左千夫君!」
そう言って僕の間に割り入ってきたのは魚住栄次(うおずみえいじ)と一葉省吾(いちようしょうご)だった。
魚住栄次は32歳。
ここでは父親代わりの役割を率先してやってくれている。
料理、というよりは魚が捌くのが得意な腰の低い紳士だ。
そして、僕と同じ研究所から逃げてきたもので、魚と一体化した体を持っている。
一葉省吾は僕より一つ上。
彼は無口で余り話したりはしないが、ここに必要なことは全てやってくれている。
庭の木や花、果ては雑草の処理まで全て彼が一人で行っているといっても過言では無い。
そんな彼は植物と一体化した体の持ち主だ。
二人とも僕が研究所から抜け出した時から居る、初期メンバーでここを切り盛りしていると言っても過言ではないだろう。
「魚住さん、一葉…ッ、純聖と幸花は?」
「出て行った。…この、不届き者が来るのと入れ違いだった……」
と、言うことは待ち合わせ場所に向かってしまったのだろう。
そっちは柚子由に任せてきたので一先ず大丈夫か。
「それよりも、左千夫君。この子たちを傷つけては駄目です…。
この子たちはエーテルの人間…それが、なぜか分からないが侵入者の能力でこうなってしまっている……
すまない、私達が居ながら、こうなってしまって……
今、出来る限りの子供たちは地下に避難させたところだ、後はこの子たちを…止めるだけ」
「状況は…理解しました。
それでは、無傷、拘束でお願いします。」
それだけ告げると僕は武器をしまった。
そして、ネックレスを首から離す。
ゆっくりと左右に揺らし、そして、それから回転させながらキメラと化してしまった仲間の中へと走り込んで行った。
これで、眠らせてやるのが一番だろう。
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【九鬼】
先を行く左千夫クンは、早い段階で見えなくなって行った。
こっちはリンも連れていたので、屋根を伝っていく彼に追いつくことは不可能だ。
いや、屋根を伝っていったとしても、あの速さの彼には追いつける気がしない。
エーテルの場所はあらかじめ聞いていたので、そこにたどり着くと、はるると巽もすぐに追いついてきた。
「ここみたいだネ」
目の前の廃病院を見上げる。
どうやら彼が結界を張ったのか、別段変わった様子は見られなかったが、入口から少し離れた場所に、左千夫クンの姿をした幻術が佇んでいる。
その幻術へと近づくと、結界を破る様に入口を作り、中へ入る様に促した。
『エーテル内に現れる者を傷つけてはいけません。出来る限り拘束してください』
その言葉に中を覗き込むと、人間が…いや、人間に近い生き物がいる。
大体は眠りについているようだったが、うろうろと歩きまわっている奴等も数人確認できた。
「まるでゾンビ映画みたいだネ」
後ろにから覗き込んだ巽たちにそう告げると、何かを感じ取って唸っているリンの頭を撫でる。
連れて行くのも危険を伴いそうだが、足手まといにはならないだろう。
「とにかく無傷で拘束だって、ちょっと大変そうだけど、行こっか」
後ろにいる巽とはるるに声をかけると、結界内へと足を踏み入れた。
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【日当瀬晴生】
ここが、エーテルか…。
横で天夜が立派な病院だね、っと言ってたが俺には何も見えねぇ。
会長が結界を張っているとすると俺には通常以上にその効果が表れるのでその場所には何も見えなくなってしまっているのだろう。
こんなとこで立っている訳にもいかないので会長の幻術…ても、俺にはよく見えないので聞こえる声に誘導されるように中へと入った。
結界の中に入るとそこに広がっている景色こそ幻術では無いとかと思う位の大量の化け物だった。
これを無傷でって…。
鬼かアイツは。
催眠弾の用意をしながら病院の方へと向かって走って行く。
中から途切れなく化け物が出てきているが普通の人間も混ざっている。
取り合えず普通の人間のほうが催眠弾は聞くだろうと不用意に近づいたのが間違えだった。
「―――ッッ!!!??」
手が伸びた…?!
寸でのところで体を逸らす様にしてかわしたが、今絶対手伸びたコイツ。
更に奥から出てきたもう一人の普通の子供、その子供は頭痛を訴える様にずっと頭を抱えてやる。
「ぅわああああッ!!頭がッ、頭がッ!!」
どうなっているが現状が全く分からなかったが酷い耳鳴りがする。
これは一体。
取り合えず眠らせてしまおうと思って銃を構えたその時、俺に向かって無数のトランプが飛んできた。
「なッ!?」
普段なら撃ち落とすことはなんて無いが、今は弾を変えている為に俺はこのとんでくる弾を防御するしかない。
銃の腹を前に出し、ダメージの軽減しようとしたその時だった。
俺の目の前に巨大植物が地上からはえてきた。
ひまわりに口がある様な異様な植物にトランプが全て刺さる。
「気を付けて……。…ゾンビ化した子達は普通の人間だった子だけど……それ以外の子供は全て能力者…侮ると痛い目見る…」
俺の直ぐ横現れた青年はフードを被っていたが両手の袖は捲り上げられていた。
その腕から無数の植物が生え、種を作っては宿主に吐き出していた。
そして、その種を子供たちに向かってその青年は投げている。
「晴生君!一葉省吾…いえ、目の前の彼が今投げたのは催眠草の種、なので、一度引いてください。」
会長の声が聞こえたと同時に俺は一歩下がる。
と、言うことはコイツは会長の知り合いだろう。
俺はその後方へと下がる
すると、種は地面に付いて直ぐに目を出し花を咲かして煙をまき散らしていた。
俺はその煙から外れた化け物や能力者達に弾を撃ち込む。
どうやら通常の睡眠弾でも十分聞く様子だ。
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【魚住栄次】
まさかエーテルが襲撃されるとは思わなかった。
最近の生活に完全に平和ボケしてしまっている自分が情けない。
左千夫君が戻って来てくれて安心したけれど、私が一番年長なのにエーテルを守れなかったことが悔やまれる。
僕の妻、和奏が出払っていて少し安心した。
能力を持たない普通の人間は、彼女と他に数人いる。
事態に気づいた時にすぐに接触することができた能力者や普通の子供達は、なんとか地下へと避難させることはできた。
しかし、避難できなかった子は暴走して自我を失ってしまっている状態だ。
能力の発信源が何なのか、そしてそれが誰なのかはわからない。
ただ、このエーテルに侵入者が現れたと言うのは確かだった。
攻撃はなるべく私が左千夫君の前に立ち、受けることができる直接攻撃は能力の鋼鉄の鱗で防ぐ。
私は言うなれば半漁人みたいなものだ。
攻撃ももちろんできるのだが、彼らを直接傷つけてしまうことになるので今はできない。
すぐに左千夫君の学校のお友達も合流してくれた。
皆若いのに闘い方を良く知っている。
これだけ暴走している能力者がいるというのに、無傷での拘束という約束をきちんと守ってくれていた。
「大体は拘束でき……――――っ!!」
辺りを見回すように後ろを振り返った瞬間、奥の入口から何かが飛び出した。
鼠……だ。
それも一匹だけではない、大量の鼠が牙を剥き出しにし、真っ赤な目を光らせ私達に向かってやってくる。
「皆さん気を付けて!」
……この能力は……光君の能力だ。
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【天夜巽】
「ありがとうございます。巽君。」
僕が鎖鎌で拘束した子達を会長がネックレスを使った催眠術で眠らせていく。
化け物な容姿に変化した子達は誰かに操られている様な感じだったけど、能力者の子は本当に能力が暴走しただけのようで皆叫んで可哀そうな状態だった。
眠っても暴走は収まっては無いみたいだけど、これで無駄に精神力や体力を削られることは無いと思う。
まだ、全員とはいかないけど、大体は片が付いてきた。
ここの人だと思うけど、魚住さんって言われている人が避難出来た子もいたと言っていた。
その子達が言うには侵入者の光に当たった子達が皆おかしくなっていった。
侵入者は二人だったと言っていたけど有益な情報は無かったみたいだ。
まだこの病棟の中にと潜んでいるのかな。
そんな時だった。
あらかた人と名の付くものが片付いたその時次は僕達に向かって無数のネズミ、そして、ハチ、アリ、カラスとにかく色んな動物や虫たちが近寄ってきた。
「皆さん気を付けて!」
魚住さんの声が響いた。
と、言うことはこの動物たちも誰かの能力で操られ僕達を攻撃してくるってことかな。
僕は急いでクナイを構えたその時だった。
「駄目です!動物や虫は攻撃しないでください!!
無理を言っているのは分かってます…けれど…」
会長が急に声を上げた。
そして、僕達の前に走る様にして出ると急いで槍を地面に突き刺し、幻術を使うために集中する。
それは僕達の目にも見えた、目の前にはネコやアリクイ、ハチには更に大きな肉食のハチ、現れた動物の天敵になる様なものを生み出して行く。
「……ッ、……これは、僕の仲間の能力で動かしています。彼は動物や生きものがとても大好きな子です。
自分が操ってしまったものが傷つけられたり、死んでしまうと、彼が更に傷付いてしまいます……そうでしょう…光。」
会長が真っ直ぐに病棟を見つめた。
天敵が現れたからか一度動物たちは引いていった。
そして、ゆっくりと病棟から少年が姿を現した。
少年は純聖君や幸花ちゃんと同じくらいの歳の子だろう。
青い髪が真ん中で別れて、瞳が少し隠れていた。
その瞳には光が無く、どこを見てるかも分からなかった。
そして、その少年を取り巻く様に耳がある人間や角がある人間。
まるで動物が人間になったかのような者たちが取り巻いている。
「……困りましたね。光。…暴走した上に完全に目覚めてしまったようですね。」
そう、会長が言葉を告げたけれどまったく光って子には届かなかったようだ。
僕がその光景へと集中してしまっていると足元から突然無数のネズミが飛び出してきた。
「…っう!!」
一匹ならまだしも無数のネズミに齧りつかれるのは流石に痛い。
僕は自分の手で払うようにしたけど、キリが無い。
「巽君ッ…」
会長の声が聞こえた。
クナイで刺してしまえば一発なんだけど…。
それは出来ない為、僕が走ろうとしたその時だった。
“フーッ!!!!”
ネコが威嚇する様な声が響き渡ると辺り、ネズミ達が一斉にそちらへと向き威嚇の体勢に入った。
その好きに僕はその場から逃げだし、晴生達が居る少し後方へと飛んだ。
こっちに走ってきているのは…少年?
でも、ネコが威嚇する声はあの子から。
「おい!左千夫!!光が暴走したぞ!!どうにかしてくれ!!」
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【神功左千夫】
僕の幻術では留め切れず、光が操る動物が巽君達を攻撃し始めたようだ。
これは止む負えず攻撃するしかないと思って瞬間だった。
黒と白の色が混じる神の少年が走ってきた。
「おい!左千夫!!光が暴走したぞ!!どうにかしてくれ!!」
こんな子供は知らない。
エーテルの中には居ない筈だ。
しかし、今の光を取り巻いている半獣達を見る限りこの子は。
「ライトニング…ですか…?」
「そうにきまってんだろ!!それ以外の誰だって言うんだよ!!」
「君は意志を保てているのですか?」
ライトニングは光といつも一緒に居るネコだ。
彼はこの研究施設に連れてきた以前から光と一緒に居るし、光以外にはなつかない。
それでも今は緊急事態だからだろう、光は動物の言葉が分かる。
この子は何か伝えるときは光の肩に乗って喋る癖があったので少年の姿でも僕に飛び付いてきた。
それを受け止めながら会話しようとしたその瞬間。
「わ〜!!リン!なにそれ!なんで人間になってんの?しかも、ちょー可愛い系じゃん!」
九鬼のアホそうな声が後ろで上がった。
そこには相変わらず“ワンワン”としか喋っていないもののリンではなく、ゴールデンレトリバーの毛質そのままの髪をした人間が居た。
これで、光の能力であることが確定する。
「俺みたいな賢い奴らは大丈夫みたいだぜ!それよりも、光だよ!!なんか仲間が急に攻めてきてさ!んで、暴走しちまったの!」
ライトニングは言葉を続ける。
どうやら光は侵入者によって暴走させられたのでは無く、純聖が九鬼と戦った時のように自ら暴走してしまったようだ。
そうなると余計に拙い。
今、眠らせている子供にも攻撃する可能性が出てくると言うことだ。
「お待ちください!!ライトニング様ー!!ぅお!ちょっと、近づかないでくださいッ!私はカラスが嫌いなのです!」
僕の思考回路は今にもショートしそうなのにそれを更に掻きまわしそうな人物が登場した。僕の知らない人物なのでこれも元は人間だろう。
黒髪をオールバックにした整った顔立ちの紳士が走ってくる。
片足は義足でステッキを付きながらこっちに来ている。
その時だった、一匹のカラスがその紳士に襲いかかる、するとその紳士は赤い瞳を光らせて一瞬そのカラスの動きを止めた。
……特殊能力を使える動物もいるのか。
「おっせーぞ!チュマール!!さっさとしねーと喰い殺すからな!!」
「ひぃ!!それだけはお助けを!!お!これはこれは、お美しい!!もしや、貴方は…うぶ!!!」
その、オールバックの紳士はチュマールと言う名前らしいが、なんだか見た瞬間に嫌な気がした。
彼の瞳を合わしたものの動きを止めれる能力を見た瞬間僕に名案がひらめいた。
そして、次の瞬間には槍の柄を使ってチュマールを半ば乱暴に光の目の前に放り投げた。
「少し、光の動きを止めていてください。」
光は精神系能力者だ。
なので、普通に精神介入することは簡単なのだが拒まれている状態では逆にかなり難しくなる。
今は僕はどうやら完全に拒まれているが動きを止めてもらえれば何とかなるかもしれない。
チュマールと言う人物は「貴方の様な美しいお方の望みで有れば!」と、言いながら光に視線を合わせた。
それを見届けると僕はライトニングを傍に下ろし、体から精神を抜いてしまう。
そうすると、僕の生身の体は抜けがらとなる為その場に倒れてしまうだろうが今はそんな悠長なことを言ってられない。
光の動きが止まった瞬間に光の中へと侵入した。
何も見えない上に、息が出来ない位苦しい。
それに耐える様にしながら僕は更に奥へと沈んで行った。
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【光】
真っ暗で…寒い。
だけど不思議と心地よくて、ずっとここから出たくない。
ここはどこだろう。
どうして僕はここにいるんだっけ。
思い出せない。
そう言えばライトニングはどこに行ったんだろう。
みんないない。
魚住さんも、一葉も、純聖も幸花も柚子由も……左千夫も。
みんな、僕から離れて行ったのかな。
情けない出来損ないの僕に呆れてしまったのかな。
こんな僕なんでみんなどうでもいいんだ。
だから純聖と幸花は認められて、僕は認めてもらえない。
それは僕が悪いっていうのはわかっているけど、少しぐらい僕を認めてくれたっていいじゃないか。
みんな優しい、だけどそれが辛い。
「……もう、いやだよ…………」
自分の身体を抱くように膝を抱える。
もう、何も考えたくない。
誰にも、邪魔されたくない…………。
“……る…………ひか…る……”
「!!」
膝に顔を埋めていたら、聞き覚えのある声が聞こえた。
左千夫だ。
いやだよ、迎えに来ないで。
僕はずっとここにいたい。
“光”
遠くで聞こえていた声が、すぐ側で聞こえた。
優しくてあったかい声。
僕はこの声が大好きだ。
でも、今はいらない。
「……なんで来たんだよ…………」
僕はすぐ側にいる左千夫に顔を向けないまま、小さく呟いた。
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【神功左千夫】
暫く真っ暗な中を彷徨っていると、やっとこの体の持ち主を見つけた。
しかし、何度入っても本当にここは暗い。
薄暗いや靄が掛ってるなんてレベルではない位光の心の中は闇で満ちている。
別にそれが悪い事だとは思わない。
僕は逆に人間らしくていいと思う。
やっと見つけた本体に柔らかく声を掛けたが、“なんで来たのか”と、一蹴りされてしまう。
僕は膝に顔を埋めている光の前に立つと、そのままその前にしゃがみ込んだ。
「迎えに来ましたよ。さぁ、早く帰りましょう。
ライトニングもお前を待ってますよ。」
そう言って僕は手を差し出したが見事に弾かれてしまう。
ここまで拒絶されると言うことは僕にも落ち度があるのだろう。
「待っているのは…ライトニングだけだろ…」
光は僕の顔を見ることも無くそう言った。
これは、一筋縄ではいかないな…。
そんなこと無いです、と、言ってもきっと彼の心には届かないだろう。
そうなると仕方が無いので僕は彼の横に移動すると腰を下ろして膝を抱えた。
「………?」
「帰りたくなったら言ってください。それまで、僕はここで待ってますから。」
そうするとやっと光は不思議そうにこちらを少しだけ見てくれた。
そんな彼に僕は微笑みと共に言葉を落とす。
少し僕の中で嫌な胸騒ぎがしたけれど今は光と対話することに集中したい。
そのまま何も話すことなく彼の横で時間を過ごすことにした。
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【光】
左千夫は僕の横に座って何も喋らない。
このまま僕も口を開かずに黙っていてもよかったけど、小さくため息をつくと。
抱えていた膝から顔を覗かせた。
「帰ってよ、左千夫がこんな所にいたって仕方ないだろ」
こんな所、と言ってもここが何処なのか自分でもわかってはいない。
左千夫は僕の言葉に優しい声で返答をしてきた。
「そうですか?僕は好きですよ、お前の中。
暗くて、何もなくて、本当に光だけしか無いこの世界、とても落ち着きます。
でも、ここにずっと居てはいけないことはお前が一番わかってるでしょう?」
お前の中、と言われて息が詰まった。
そうか、ここは自分の精神世界のようなものなんだ。
だからこんなに真っ暗で寒くて、僕しかいなかった。
だけど落ち着くのは、自分が形成させている世界だからなんだ。
ずっとここにいてはいけない、という言葉に眉を顰める。
それはわかってる。
わかってるんだけど。
「こんな暗くて寒い世界が好きとか……僕を慰めてるつもりなの?」
自分の腕に爪を立て、左千夫とは視線を合わせないように真っ直ぐ前を向く。
「…そんな所が嫌なんだ…。
僕を構うなら中途半端にしないで。優しくされると…辛いんだ…。
どうせなら突き離してくれる方がいい。
出来損ないの僕なんか必要ないって、いらない子はこんな所にずっといればいいって…言ってよ……」
言っているそばから目尻に涙が溜まって行く。
本当は、左千夫達にいらない子だと言われるのも辛い。
だけど今は強がらないと自分を保てそうに無い気がした。
眼鏡を外すとシャツの袖で涙を拭い、鼻を啜る。
いっぱいみんなに言いたかったことがある。
でもそれはずっと胸の中に閉まってきた。
ライトニングにも喋った事はない。
だけど、心の中からもやもやしたものが溢れだすと、言葉が止まらなくなってしまった。
「……僕だって純聖や幸花みたいに、普通に遊びに行きたい。
学校も行きたい。
でも出来損ないだからできない。
だから地区聖戦の予選にも選ばれなかったんでしょ。
……全部僕、わかってるよ。
でも、もう辛いよ…。
鳥籠の中の鳥みたいに、外の世界に触れる事ができない。
純聖達が羨ましい。毎日楽しそうで、笑顔で。
そんな二人や…みんなを見てたら…………僕、なんで生きてるのか……わからな、く……なる……」
語尾がどんどん掠れて行く。
わんわんと泣き出したい気持ちを必死で抑え込んだ。
人前で泣くのは嫌だ、情けない。
泣いている僕を見て、悲しい顔されたり、迷惑をかけるのも嫌だ。
だから、僕は自分の感情を抑え込まなきゃいけないんだ。
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【神功左千夫】
横に居る光が綴ってくれたのは彼の本当の気持ちだろう。
僕やエーテルのメンバーが彼に学校に行きたいかと聞いたときは彼はそんなこと答えなかった。
まだ、迷惑を掛けるかもしれないから、いい。と、返答はそればかりだったのに。
本当に人に気を使う子だと思い僕は肩を竦めた。
「それじゃあ、死にたいですか?
……光。
お前が本当に死にたいなら僕は殺しても構わないのですよ。
でも、きっとお前はそうじゃない、だから僕はここに連れてきた。
ここは研究所では無いんです。
だから……
そう言うこと沢山言っていいんですよ。」
僕はクシャリと光の頭を撫でた。
そうか、光はもう学校に行きたいと思う様になったのか。
なんだか、ここに居る子たちが外と交わる時がうれしい時でもあり、少しさびしい時でもある。
そして、一番楽しい時間でもある。
「…なら、どこの学校にしましょうか?幸花と純聖が通っている学校が一番楽ですが…。
戸籍も作らなければなりませんね、必要なら里親も探しますよ?
地区聖戦は…すいません。
純聖から聞いたんですね。
お前は戦う時に他者、すなわち動物を使います。
そして、その動物たちが傷付くのを一番悲しむので、僕が勝手に参加させないことにしたんですよ。
正直。無鉄砲な純聖よりは光の方が護衛には向いていたんですけどね。」
光が外に出たいなら、僕は喜んで彼を出す。
能力も完全に覚醒したようなので、後は暴走の問題があるがこうやって僕にぶちまけることができたと言うことでもう解消されるだろう。
大人しい、なんでも言うことを聞く、光では無くなったことは少し哀しいけど、それ以上に嬉しい。
「まだ、言いたいこと。あるなら、聞きますけど。」
僕は彼の横で微笑みながら、涙に濡れた瞳を見詰めた。
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【光】
左千夫は僕の愚痴を全部受け止めてくれた。
頭を撫でられると更に大粒の涙が溢れだす。
ここは研究所じゃない。
こんな事をたくさん言ってもいい。
そう言われるとどこか安心して、胸が締め付けられた。
僕の心の使い方は自由なんだと言われた気がして。
ずっと研究や実験をされて自由が無かったあの頃とは違う。
そう言ってくれていた。
ただただ左千夫の言葉に耳を傾けた。
叱ったりもしない、僕を受け入れてくれるような言葉に、自分の情けなさが募った。
「……里親は…やだ。左千夫達のいるエーテルにいたい。
いっぱい、勉強して、……いっぱい遊びたい……。
能力もうまく使えるようになって……それで、左千夫やみんなの……役に立ちたい…………」
僕を見つめてくる瞳は優しかった。
もし僕にお父さんやお母さんがいたら、こんな風に僕の話を聞いてくれていたのかな。
それはわからないけれど、左千夫に全部話したら心がすっきりして、温かくなっていくのは確かだった。
「……ううん、もう、話す事ない……すっきりした」
左千夫に寄り添うように腕に顔を埋めた。
甘い香りが漂って、僕は今やっと、左千夫に甘えたかったのだと気づいた。
口では突き離せなんて言っておきながら、本当は否定や拒絶をされるのが怖かったんだ。
「……また辛くなったら、こんな話し…してもいい?
嫌じゃない?」
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【神功左千夫】
「それでは光も、お兄さんになって下の者の面倒をみなければなりませんね。」
基本、エーテルに残るものは新しく入る者の面倒を見ることになる。
その役割を光がするとなると不思議な感じだが、案外彼には有っているのかもしれない。
寄り添ってくる光の頭を更に撫でる。
少し硬質なその髪の隙間に指を通した。
「…勿論。いつでも、話して下さい。
その代わり僕の話も聞いてくださいね。」
嫌じゃない、と、問われると深く首を縦に振り頷いた。
そしてそのまま彼の手を取る様に繋ぐと僕は立ちあがった。
「それでは行きましょうか。
光、お前は今、暴走状態にあります。
なので、続きは帰ってからにしましょう。」
光はもともと莫大な精神力の持ち主なので暴走しても早々自己破壊を起こすことは無いだろう。
しかし、チュマールの能力がどれくらい持つかわからないので僕は買える様に促した。
「……それに、少し嫌な予感もしますし。」
僕は能力を与えているものが何かあれば胸騒ぎがする。
勿論かなりの者に能力を分け与えているので誰かは分からないが、今回は身近な者な気がするからだ。
光の両手を強く握り締めると道しるべを教えてくれるように一本の光の道が出来た。
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【九鬼】
「あ、目覚めた!」
左千夫クンは気を失っていた。
というよりも、この“光”と呼ばれるチビっこの精神へ介入していたんだろう。
薄く目を開くと辺りを見渡している。
「はっ……はぁ……お戻りになられましたか…」
光の動きを止めていてくれていたチュマールというおじさんは、ひどく息を切らしていた。
ほんの十分ほどの間だったが、体力の消耗が激しそうだ。
それほどまでに光という子を抑えるのには、膨大な力が必要なんだろう。
チュマールが肩の力を抜くように目を閉じると同時に、光の瞳の曇りが取れた。
何度か瞬きをした後、辺りを見回し少し怯えたような表情をしたが、僕に抱えられていた左千夫クンを見つけるとほっとしたような笑みを零した。
どうやらこの子の暴走の件は解決したのだろう。
「無事解決し――――、うわッ!!!!」
左千夫クンに声をかけようとした途端、光が僕の腕に抱かれている左千夫クンの上へとかぶさるように倒れてくる。
どうやら気を失ってしまったようだ。
ずっしりと重くなった腕に力を入れ、二人を落とさないようにしっかりと抱きとめた。
「目ェ覚めたか、こっちもなんとか終わったぜ」
他の能力者の拘束は、はるる達に頼んでいた。
こちらも誰も傷つけることなく拘束は済んだようだ。
とりあえずはこれで落ち着いたか。
全員が安堵の息を漏らす。
しかし、まだエーテルに侵入してきた犯人が見つかっていない。
「ひとまず犯人を探しましょう。
魚住さんと一葉は拘束の済んだ者の避難をお願いします」
僕の腕から光を抱えながら左千夫クンが起き上がる。
調度その時だった。
「その必要はないよ、左千夫」
聞き覚えのある声に、ここにいる全員が声が聞こえてきた古びたドアへと視線を向けた。
■Mission No.78「生まれた世界が違っても」
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