【天夜巽】
情報は知っていたけど凄い厄介な能力だ。
本当に抗えない。
華尻さんを目の前にしていると意識さえ飛ばして土下座してしまいそうになる。
彼女が少し離れるとマシになるし、視界から消えると大丈夫なんだろうけど。
見えているとどうしようも無かった。
彼女の能力の出方は人によって違うと言っていたけど、大体はこの結果になるんだろうな。
俺の能力は那由多にしか使えない、彼女も今回は試合の最中じゃなかったので謝っていたのだろうけど、最中には使ってくるだろう。
気を引き締めないとな。
『さて、次の競技に参ります。
次はバトルビーチフラッグです!』
ヒューマノイドのマリアさんが競技の説明を始めてくれたので皆ディスプレイの下に集まる。
クッキー先輩はまた、調度良い席に観客席を作っていた。
本当に便利な能力だ。
〜〜バトルビーチフラッグ〜〜
・参加の際にポイントを一点ずつ回収する。
・スタートラインに足を掛け、後ろ向きのうつ伏せに寝転んだ体勢からスタートの合図と共に走り出す。
・一キロメートル先の二本のフラッグを取る
・赤いフラッグは三ポイント、青いフラッグは一ポイント。
・一人一本しか取ってはならない。
・なお、スタートの合図とともに攻撃がOKとなる。
◆第二回戦◆
・第一試合 天夜・日当瀬VS鳳凰院・電堂
・第二試合 九鬼・弟月VS不破・黒部
・第三試合 夏岡・千星VS堂地・華尻
・第四試合 純聖・幸花VS秋葉・西園寺
・第五試合 三木・神功VS園楽・百合草
『天夜、日当瀬、鳳凰院、電堂
スタート準備をお願いします。』
説明が終わると俺と日当瀬はスタートラインへと向かう。
能力の解放はスタートをしてからと言われたので俺も日当瀬も携帯の状態へと戻した。
そして、イデアアプリを解除できる手前までといて置く。
「言っとくけど、テメーも敵だからな!」
日当瀬にそうずばりと言われたが、俺達は協力することができないのでその方が良いだろう、俺は深く頷いた。
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【鳳凰院しのぶ】
次の競技はバトルビーチフラッグ。
闘う事も許されるので、基本的にはなんでもありだ。
相手は天夜君と日当瀬君、と言ったかな。
この二人はあまり仲が良くないと聞いている。
足を引っ張ってくれればありがたいのだが。
スタートラインの位置に付きうつ伏せになると、電堂も横で人形を抱きかかえながら同じ体制になった。
全員が砂浜に寝そべる形になると、ヒューマノイドからの合図があがる。
「位置についテ…スタート」
「「May God Bless You」」」
「「解除!!」」
スターターピストルが音を立てると同時に地面から跳ねるように起き上がり、ロザリオを解除し剣へと展開する。
あちらも武器を出したようだ。
スタートダッシュはあちらの方が断然早い。
しかし、僕にはもうひとつの足がある。
砂地を蹴ると同時に剣を宙へと翳し、円を描いた。
「いでよ!ユニコーン!」
高らかな鳴き声と共に異次元からユニコーンが出て来ると、同時に日当瀬君から空気砲が飛んできた。
それを電堂のぬいぐるみが庇ってくれると、ユニコーンの背に身を翻すようにして跨り、電堂の手を引く。
「ははっ、まるで追ってから逃げる王子と姫みたいだな!」
空気砲とクナイが飛んでくるが、それを避けるようにユニコーンは宙を蹴った。
真っ直ぐ進むのではなく、上へと舞い上がって行くように駆け上って行くと、どんどん相手が遠くなっていく。
どちらも飛び道具を使ってくるので、あまり上へとあがっても意味がないが、彼らを見下ろしながらユニコーンはフラッグの元へと駆けて行った。
このまま押し切れれば問題はないが、きっとそうはいかないだろう。
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【日当瀬晴生】
くっそ、流石に馬には追いつけねぇな。
俺はユニコーンの足を狙って何発か空気砲を撃ち込む。
散々かわされた後に一発だけ足に届きそうになったが…その弾は天夜のクナイにぶつかってそれてしまった。
「てめー、邪魔すんなよ!!!」
「ははは、ごめん、ごめん。でも、協力しない約束だからしかないよ。」
そうだ、確かそんなことを言っていた。
不本意だが天夜と並走しながら走り、ユニコーンを追いかける。
ここは必殺技を出すしかねーか。
そう考えて、カートリッジに力を込めていると横から天夜の声が聞こえた。
「鎖ノ形 重・横陣ノ玉!!」
天夜が鎖鎌を投げた。
いや、つーか、俺が撃つとこだったんだ、邪魔するなよ!!
「デュエットアトモスフィア!!!」
この前披露したのは長距離を撃ち抜く技だったが今回は夏合宿で手に入れた連射技。
空気砲の威力を最低限、最小限までに落とし、小さくした空気の塊をカートリッジ内に無数に為、それを銃口から一気に発射する。
どうやら、先に投げた鎌の方がユニコーンにたどり着きそうだった、が、それは鳳凰院の剣により弾かれた。
「これくらいでは、僕には届かないッ!?どうした、ユニコーン!!」
「へっ!弾かれてやん―――!?」
そうか、【鎖ノ形 重・横陣ノ玉】は二本の鎖鎌を投げる技。勿論ただ二本を投げる訳では無く、一本目に隠して二本目を投げるそう言う技だ。
天夜の鎖鎌がユニコーンの足に巻き付く、それとほぼ同時に俺の連射が襲いかかる。
「間に合いませんわ…」
そう言って、電堂の色々なぬいぐるみが俺の空気砲に弾避けとして飛んできたがそれで追いつく弾数じゃない。
太い唸り声を上げ、ユニコーンがその場に膝を付いた。
「ちっ、とんだ邪魔が入ったぜ。」
「そう?おかげで助かったよ。」
そう言って俺達はフラッグに向かって走り出した。
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【電童彌生】
ユニコーンが痛がるようにして砂地に跪くと、王子がそこから飛び降り角を数度撫でた。
姿がすぅっと消えていくと、王子はすぐさまアタシの手を引きお姫様のように抱き上げた。
「すまないね電堂、走るよ」
そう言ってフラッグへと駆け寄って行くが、先に走っていく男二人には間に合わないでしょう。
だけど、王子はいつだって諦めない。
そういう熱い所は少し苦手だけど、王子は何故か憎めないの。
絵本に出て来る王子様みたいで、少し素敵ですし。
…弟月様にはもちろん負けるけれど。
王子に抱えられたまま、砂地を駆ける。
男二人がフラッグに飛びついたのが見えた。
けれど何故か二人は同じように赤いフラッグに飛びついている。
ゴチンッと鈍い音が鳴ると、二人は赤いフラッグを握ったまま離そうとしない。
一人一本までなので、同じフラッグを取ってはいけないことはルール説明の時にわかってるはず。
なのであれをどちらかが取るまでポイントは加算されることはない。
「電堂、ぬいぐるみで青いフラッグを取っておいてくれないか」
王子にそう言われたのでぬいぐるみを先へと走らせ、男二人が見向きもしていない青いフラッグを掴ませた。
その間も男二人はぎゃんぎゃん言い合いをしたまま睨み合っている。
王子がアタシを抱えたまま二人に忍び寄ると、剣先でフラッグの棒を断ち、飛び跳ねた旗の部分を刃に突き刺した。
「「え?」」
言い合っていた男二人が間抜けな声を揃え、一斉にこちらを見る。
「鳳凰院3ポイント。電堂1ポイント。天夜、日当瀬0ポイント」
それと同時にマリヤの声が響いた。
王子は二人を見下ろすと、さわやかな笑みを向ける。
「…愛しき赤いフラッグは僕がいただいたよ」
そう言ってウインクをしたと同時に、男二人は再び喧嘩を始めた。
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【弟月太一】
全くあいつらは…、成長してないな。
神功もこうなることを分かっているだろうに、いつもと変わらない表情で見下ろしたままだった。
観客席はフラッグに近い位置に作られている。
走っている様子はディスプレイで見れるので特に問題が無いが、スタート地点まで移動するのに少し時間がかかるが仕方ないか。
今回の俺のペアは九鬼。
と、言っても協力し合うとこなど無いと思うがな。
「九鬼、弟月、不破、黒部。スタートラインへ。」
イデアの声が響く、俺達は急いでスタートラインへ向かい、ラインに足を掛ける様にして寝転んだ。
「位置についテ…スタート」
「「May God Bless You」」
「「解除。」」
先程同様、スターターピストルが鳴った瞬間に能力を解放する声が響く。
「それじゃあ、お先に〜♪」
九鬼が白い翼を広げ宙に舞う。
確かに走るよりはこっちのほうが速いだろう。
その羽根を打ち抜いてやりたくなったが俺は違う方向へと意識を逸らした。
同じ高校だから、それをする必要は無いだろう。
「掌烈破!!!」
後ろから不破の声が聞こえた瞬間俺は身を翻るように左に飛ぶ。
拳圧はそのまま九鬼の方へと飛んでいった。
そして、回転しながら不破の速度を削ぐように足元に弾を飛ばした、そしてまた走り始める。
「やるねぇ、アンタとまた戦えるなんて嬉しいよ!」
そう言って彼女は両手のナックルをガツンと打ち合わせていた。
構わないでくれると嬉しいんだが、そのとき、全くことなるところから視線を感じてそちらを向くと、ライン外に人形が…俺達と並走するように走っていた。
あれは、間違いなく、堂地の人形だが。
取り合えず、邪魔しに来る気配は無かったが悪寒が走って仕方が無かった。
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【九鬼】
このまま飛んでけば楽勝でしょ。
すいすいと優雅に空を舞っていると、後ろから不破ちゃんの拳圧が飛んでくる。
「っと…危ない危ない…」
後ろを振り向くと、黒部ちゃんが遅れをとっている感じで、不破ちゃんとおとじいは並んで走っている感じだ。
この分なら楽勝かと思い、そのままフラッグの元へと飛んで行こうとした。
しかし、不意に物凄い殺気を感じる。
再度後ろを振り向くと、黒部ちゃんのマジックハンドがフラッグへと伸びているのが見えた。
あれでフラッグを取ろうって魂胆か。
けど今の殺気、明らかにボクを狙ってる感じだったんだけど。
そうやって悠長に構えていたのが悪かった。
「あっ!手がすべっちゃう!!」
黒部ちゃんの声が響くと同時に、マジックハンドが凄い勢いでこちらへと飛んでくる。
フラッグを狙うと見せかけてうねりながら向かってくる手を避けようとしたが、それはボクの身体を簡単に包んでしまう程にデカくなった。
確か、これに掴まれたら……。
そう思っているうちにマジックハンドがボクの身体を包んだまま小さくなっていく。
ああ、やっぱり、身体が小さくなる能力だ。
握られている強さはそこまで強くはないので、こじ開けて脱出したが遅かった。
周りの物がバカでかくなっている。
あーあ、これじゃあの時の左千夫クンと一緒だ。
側にあったマジックハンドを思い切り殴りつけると、それは黒部ちゃんの方へと戻っていった。
絶対あれ最初からボク狙ってたよネ。
かわいい顔してやる事やるねえ。
もちろん身体が小さくなると飛行速度は遅くなる。
どうするかとフラッグに向けて飛行していると、不破の拳圧が飛んできた。
今の身体の倍以上の拳圧を避ける事には避けたが、周りの風圧に翼を持って行かれると地面へと落下していった。
うーん。
このまま走っても飛んでも遅い事には変わりないし。
人間よりも足の速いものを呼ぶしかないよネ。
指で輪っかを作ると、指笛を吹いた。
遠くでリンの吠える声が聞こえると、調度真下へと走って来てくれる。
「リン!フラッグ取ったら君の欲しいものいーっぱいあげるヨ!」
そう言ってボスンッと大きくてふわふわしたリンの背中へと落ちると、リンはフラッグに向けて走り出した。
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【不破紗耶佳】
犬が乱入してきた、確か愛輝凪の会長の傍に寝ていた犬だなあいつは。
九鬼の飼い犬だったのかと納得しながらフラッグを目指している犬を見つめた。
あいつも中々やるな。
九鬼はアタイ達裏社会を知ってる人間にとっては有名だ。
なんたって龍鬼頭(ロングゥイトウ)と言う有名マフィアの跡取りだからな。
その辺りのチンピラとは格が違う。
後ろで舌打ちがした気がして振り返ったがニコニコした黒部がいるだけだった。
まさかな、黒部が舌打ちなんかするわけないし、聞き間違いか。
そんなことを考えている間に弟月は走る速度を速めた。
こいつの能力は情報系だったのに、なんて走りだい、本当に。
本気で走らないと追いつかないそんな速さだった。
「ちょっと待ちな!アタイとタイマンで殴り合おうぜ!」
そう言って弟月に拳圧を飛ばそうとした瞬間だった。
目の前の砂が凄い速さで隆起し始めた。
弟月はそれを踏み台とする様に前方に飛んだ、私は仕方なく今、彼に使おうとした拳圧で目の前の砂の壁を叩く。
「―――ッ!!どういう…!!!」
これは間違いなく、彼、九鬼の能力の仕業だだろう。
折角弟月とやろうとしていたのに邪魔された!
と、思ったがどうやら弟月の前にも壁が現れている。
「……っち!面倒なことをしやがる。」
弟月は暴言を吐き捨ててから銃を構える。
彼は二丁拳銃でそれを撃ち、銃の腹で殴る様にして壊すがどうしても速度が出ない。
アタイはこれくらいの壁なら一発で壊せるので徐々に距離が縮まる。
楽しめそうじゃないか。
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【黒部早紀】
ああ、鬱陶しい鬱陶しい!!
あの糸目の身体を小さくしたのはいいけど、犬使うとか超ありえないんだけど?
それに加えて目の前の障害物…。
根性ひん曲がってんじゃない?
しかも横で不破のヤンキーがぼっこぼこ壁を壊してくせいで、こっちに破片飛んでくるんだけど。
マジなんか全部うざい。
「ちっ……一気に行くか」
そう言うと私はマジックハンドを一度後ろへと引いた。
確か左から三番目、そこに赤いフラッグはあったはず。
糸目はもうフラッグを取ってるかはここからは見えないけど、取られてたらせめて青いフラッグでいい。
大きく息を吸うと、いつも通りの声色で声をあげた。
「いっけぇ〜マジックハンドちゃんっ!」
そう言うと伸びたマジックハンドが勢いよく壁面を破って行く。
次から次へと出て来る物さえ貫いて、赤いフラッグまで伸ばし続けた。
あー後はどうにかなんだろ。
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【九鬼】
リンは凄い速度で地を蹴って走る。
ボクの言う事は絶対聞くし、ご褒美をあげると言えば何が何でも命令を遂行させる。
それほど頭はいいので後は背中に乗ってればなんとかなる。
そう思っていたところに、後ろから壁面を次々と壊しながら追いついてくるマジックハンドが見えた。
まーた黒部ちゃんか。
以外と諦め悪いね彼女。
「リン!あれに負けたら君の大好きな長くてふとーい美味しい物、手に入らないヨ!」
そう言ってリンの耳をぐっと引っ張ると、更にスピードが増したのがわかった。
だがマジックハンドも負けじと追ってくる。
あと数メートル。
そんな所でマジックハンドに何かがぶち当たり軌道が赤いフラッグの方向から逸れる。
どうやらおとじいだ。
おとじいはマジックハンドが突き破って来た壁面の穴から、銃を乱射し軌道を逸らせたみたいだった。
「おとじいナーイス♪」
そう言うとリンが赤いフラッグを口で掴み急停止した。
頭から鼻先へと登ってそれを両手に取ると、イデちゃんのコールがこだました。
「九鬼3ポイント」
そして軌道が逸れたマジックハンドは、仕方なしに隣の青いフラッグを掴んでいた。
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【弟月太一】
『九鬼3ポイント。黒部1ポイント。弟月、不破0ポイント』
ヒューマノイドの声が響き渡る。
まぁ、いい、愛輝凪に三ポイント入ったことだと考えれば上々だ。
不破とやりあっていた為最後に銃の腹でナックルを弾くと俺は銃をホルダーへと直した。
「ちょ!!まだ、勝負はついちゃいないよ!!」
「もう、ゲームは終わった。これ以上余計な体力を使いたくないんでな。」
あっさりとそう言い放つとフラッグを持っている小さな九鬼のところに向かった。
「お疲れ、おとじい―――!!!?うわッ!ちょっと撃たないで、撃たないで!穴あいちゃうよ!!」
「先輩は敬え…若造が…」
俺は二丁拳銃で数発撃ったが犬が全て上手くかわしやがった。
全くよく躾けられたいい犬だ。
取り合えずこれだけ言っとかないと気が済まなかった。
こいつの冗談に付き合っていると疲れて死にそうだ。
鬼の様な形相だったのか九鬼は俺から逃げようとしたが犬に指示する前に首根っこを掴んで持ち上げる。
そして、黒部に向かって九鬼を放り投げてやった。
「勝負はついたんだ、戻してやってくれ。」
そう言うと黒部は両手で九鬼をキャッチしていた。
彼女が優しく撫でると九鬼は元の大きさに戻る筈だ。
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【千星那由多】
あの犬すげえ。
確かに俺の水着を取ってった時の速さと言ったらハンパなかったけど。
さすが副会長の犬というかなんというか。
この間の会長みたいに小さくなってしまった副会長が、黒部さんに撫でられると大きくなった。
大きくなると途端に可愛げがなくなるなと思いながら、デカくなった副会長を見上げた。
そして、次の試合のメンバーがコールされる。
『夏岡、千星、堂地、華尻
スタート準備をお願いします。』
「那由多―次俺らだぞ!がんばろーな!」
夏岡先輩に後ろから頭をガシガシと掴まれたが、俺体力勝負で勝てる気がしないんだけど。
しかも砂ででこぼこしてる地面を一キロ全力疾走とか絶対無理。
夏岡先輩マントで掴んで飛んでってくれないかな。
スタート地点へと行くと、相手はまた華尻、そして堂地さんだった。
「なんかお前と良く当たんなあ…」
「私だって当たりたくないわよ!!」
「そんな事言って華尻ちゃんは―――」
「ああああああああッッ!!」
堂地さんが何か言おうとした時に、華尻が大声を出して口を塞ぐ。
その光景を見て夏岡先輩が「仲良いなあ」と横で笑っていた。
「「全然仲良くないし!!」」
俺と華尻の言葉が重なると、更に夏岡先輩は大声で笑った。
ああ、調子狂う。
けど、ガチガチに固まってやるよりはまだマシか。
位置につくと携帯を構えうつ伏せに寝そべる。
スターターピストルが鳴り響くと、一斉に立ち上がった。
「「解除!!」」
「「May God Bless You!!」」
勢いよく立ち上がったつもりだったが、スタードダッシュは完全に出遅れ。
トップを切ってるのは夏岡先輩と堂地さんだ。
堂地さんああ見えてほんとに運動神経いいんだな。
あんなでかい聖杯構えて良く走れるよ。
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【堂地保菜美】
この夏岡とか言う男、保奈美と同じ速度で走れるなんて中々やるにゅーん。
このままフラッグまでシンプルに速さ勝負!なんて、思っていたら夏岡にょんが話しかけてきた。
「速ぇぇぇ!!!こんな白熱したの久々だぜ!!だが、しかし!!俺にはまだ、こいつがある!!」
そう言って夏岡にょんはマントを目の前に出してきた。
そう、彼はこれで飛べるのにゃ。
それは全く面白くない、少しも面白くない。
保奈美は後ろに背負う様にして走っていた聖杯を手に取った。
「それは、させないにゃーん!!!」
マントを背中に回そうとしている夏岡にゃんに聖杯で殴るように遅いかかる。
そうすると二人の足は止まってしまった。
「ふふふ、覚悟するににょん!夏岡にょん!!
おなごにしてやるにょーん!!」
さっきまで純粋に速さ勝負なんて考えていたけど、もうやめたのん!
夏岡にょんの女の子バージョンもかなり可愛いとおもうのん!
なので、女にする!そう決めた!!
華尻ちゃんや、千星が追いついてきているのを感じながらも保奈美は夏岡にょんに向かってブンブンと乱暴に聖杯を振り回しにかかった。
ドンっと脳天をかち割る様に聖杯で宙を凪ぐ。
転がる様にして、逃げる夏岡にょんを追いかける。
「フッフッフー、逃がさないのん!」
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【夏岡陣太郎】
このちっちゃいこ、足速ぇ!!
それどころかデカイ聖杯での攻撃もかなり勢いあるし、あれに当たったら絶対お陀仏だろ!!
飛ぼうと思っても飛ぶ余地を与えてくれないし、砂地を蹴る様にして逃げていたが、これじゃ先に進めない。
しかもどうやら俺を女にするとか言ってるし!
堂地、と言ったかな。
この子の能力って胸揉まれたら女になるとかだよな?
すごい悲惨な目に合ったってみんなから聞いてるんだけど。
能力も落ちるって聞いてたし、今揉まれるとやばいだろ!
それでも堂地はもう俺の胸にしか目が行ってない。
怖い!これほどまで女の子に胸を見られた事なんて一度もない!!
後ろへと後退しすぎて、華尻と那由多が見えてきた。
距離は200メートル過ぎたぐらいだろうか、那由多はすでにへろへろだった。
このままだとまずい。絶対那由多赤フラッグ取れないだろうし。
俺がこの状況だと、勝ち目は絶対に無い。
「隙ありぃいいいい!!!」
思考が逸れていると、堂地が聖杯を捨てて胸へと飛びこんで来る。
その横を華尻が過ぎて行こうとした時、思わず彼女の手を引っ張ってしまった。
そして俺の目の前に盾にするように構える。
「ごめん!!」
伸びて来た堂地の手が、華尻の胸をがっしがっしと揉む。
華尻が悲鳴を上げると、胸を隠しながら地面へと崩れた。
これ、女の子が揉まれたらどうなるんだろう。
そんな悠長な事を考えていたが、堂地はまったく諦める気配がない。
獲物を狙うように目を光らせながら、まだ俺の胸を狙ってくる。
だめだ、これ絶対逃げれない!!!
本能的にそう悟った俺は、息を上げながら走ってくる那由多の元へと走った。
もちろん後ろから猛スピードで手をわきわきさせながら堂地が追ってくる。
驚いたような表情をしている那由多の身体を両手で担ぎ上げると、そのまま一気にフラッグ近くまで飛ぶように放り投げた。
「絶対赤フラッグ取れよ!!」
まるで人間大砲の様に綺麗に弧を描いて飛んで行く那由多を見送ると、すぐ側まで来た堂地が俺の胸に飛びついて来た。
俺の叫び声がビーチに響いたのは言うまでもない。
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【華尻唯菜】
「ヒィー―――!!!ちょっと先輩ちゃんと相手見て下さいよ…って、聞いてない!!!」
堂地先輩に盛大に胸を揉まれてしまった。
本当に見ているよりもいやらしい揉み肩にアタシはその場にしゃがみこむ。
そんなことをしている間に千星は飛ばされ、夏岡はアタシと同じように堂地先輩のいけにえとなっていた。
「ほーら、ここが良いんだろ!!ここ、ここ!!ふっふー!!本当は時間がかかるんだけど、特別に直ぐにおっきくしてあげるからねぇ…!!」
おやじだ…。
誰が何と言おうと彼女はおやじだ。
そんなこと行っている間に千星がフラッグの直ぐ近くに着地、いや、落下した。
これはマズイ、と思って私は走り始める。
ここしか、千星と密着するポイントはない!
同じ赤いフラッグに向かって飛び込んだら絶対触れることができる!
や、やましい意味とかじゃないのよ!
お近づき!お近づき!
さっきも、試合外で天夜のお尻叩いちゃって変な空気になったし!
試合は無かったから友好は深まらなかったし!!
って、それが悲しい訳じゃないんだからね!!
……あれ、いつもより速い気がする。
そうだ、アタシ、先輩に胸揉まれたんだ。
その時は深く考えず、あたしは布団叩きを手に千星を追走した。
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【千星那由多】
いだい……。
ぶっ飛ばされてから転がるように地面に着地した。
そのおかげでフラッグにはだいぶ近づいたけど…。
剣を突きながら立ち上がると、あと少しでフラッグに辿りつけそうだった。
後ろから夏岡先輩の「めっちゃボインだーー!!」とかいう叫び声が聞こえる。
確実に女になったんだろう。
その声と共に振り向くと、少し離れた所に華尻がこちらに向かって走って来ていた。
とにかく今は逃げ切るしかないと思い、力を振り絞って走り出す。
「待ちなさいよぉおーーーー!!」
待つわけがない。
もう夏岡先輩はフラッグには確実に間に合わないし、俺が赤いフラッグを取らないと、痛い思いして飛ばされた意味がなくなる。
それにしても華尻の奴、なんか声が野太い感じがするんだけど気のせいか?
全力疾走だったが、いつの間にか華尻はすぐ後ろまで迫って来ていた。
布団叩きをビュンビュンと振り回している音が聞こえる。
「ちょ、おまえ!絶対尻にあてんなよ!!」
そう言って振り返った瞬間だった。
華尻がデカイ。もちろん乳とかじゃなくて、身体が。
俺と視線が近いくらいの身長で、しかもガタイが男みたいになってやがる。
もしかして、堂地さんの能力って女がかかると男になるのか?
そんな事を考えながら走っていると、華尻が横へと並んで俺に無駄にくっついてくる。
ごつごつとした肌が触れるとゾっと鳥肌が立った。
「ちょっと待て尻毛!こっちよんな!おまえ今の身体見てみろよ!!色気もクソもねーぞ!!」
並列して走りながら華尻にそう言うと、やっと自分の異変に気付いたのか、身体を見下ろし野太い声で悲鳴を上げた。
おおお、声が気持ち悪い…。
身体を隠すように手を覆ったせいで、華尻の走っていた速度が落ちる。
しめた、今のうちにフラッグを取る!
手足を振り乱しながら後数メートルのフラッグまで全力で疾走し、滑り込むように赤のフラッグを奪取した。
息を乱し、地面に突っ伏したままフラッグを掴んだ手をあげると、すぐにコールが響いた
「千星3ポイント」
頑張った…俺。
ゆっくりと上体を起こし、すぐそこでへたりこんでいる華尻へと目をやる。
完璧に身体も顔つきも男だった。
下がなんとなく見えないのだけ幸いだ。
「…お前男になるとなかなかイケメンだな、男の方がいいんじゃね?」
からかうように口を押さえて笑ってやった。
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【堂地保菜美】
「なかなかのボインだにゅん!!って、ああ!!何する!!この布切れめ!!」
保奈美の能力は揉めば揉むほどはやく女体になるっても、効力は人それぞれなんだけど、激しく運動している時は効きがはやいみたいだのん!
と、言ってる間に華尻ちゃんの野太い声が聞こえる。
まぁ、これはこれで足が速くなったのでOKっとか思っていたら、夏岡の布っきれに包まれてしまった。
「油断対敵〜!!じゃ、俺は行くぜ!!」
「待つにょー!!!」
そう言って、布から顔を出すと夏岡にょんはたわわな胸を激しく揺らしながら走っていた。
勿論、ベンチからは色んな色の悲鳴が聞こえる。
「夏岡にょーん!!女は恥じらいだにゅん!!」
と、いう保奈美の声にも目もくれず彼は走っていってしまった。
何たるおなごだ!!
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【華尻唯菜】
もー最悪!!なんでこんな時に男になんのよ!!!
あたしの計画が!!!!
そんなことに蹲って涙していると千星の声が聞こえた。
「…お前男になるとなかなかイケメンだな、男の方がいいんじゃね?」
何それ…。
女のアタシはそんなに魅力が無いってこと…。
男が良いって…どういうことなの!!
本当に―――。
「デリカシーのかけらも無いわね、この陰毛!!!!」
アタシは完全に競技の事も忘れて、千星を布団叩きで叩きに叩いた。
「ギャー!!止めろ!!俺はもう、フラッグとったから終わってるつーの!!いて!いてッ!!尻だけはやめてくれ!!」
「好きあり〜!!那由多サンキュー!!おととと…」
「あ!だめぇぇ!!!!」
そんなことをしている間に夏岡が赤いフラッグを取ってしまった。
慌ててアタシがフラッグに飛び付いたつもりが既に遅く夏岡の足にぶつかってしまう。
そして、そのまま彼は千星に胸を押しつけるように転倒した。
……胸…?今、夏岡の胸…って!!!
「きゃぁぁぁぁ!!!!!変態!!!!!!」
アタシはまた、千星を布団叩きで叩きに叩いた。
『千星3ポイント。夏岡1ポイント。華尻、堂地0ポイント』
マリアの声が虚しく響いた。
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【幸花】
胸、大きくなるの羨ましい。
ナツオカが恥ずかしげもなく晒している胸をじっと見つめた後自分の胸を見つめる。
私も大きくなったらあんな風に成長するのだろうか。
ナツオカは再度、変な言葉遣いの女に胸を揉まれるとすぐに男に戻っていた。
女の子が揉まれると男の子になってしまうみたい。
そばかすの女もまた男から女へと戻る。
でも、あまり胸の大きさ変わってない。
あんなまな板みたいな胸にはなりたくない。
そんなやり取りをじっと見つめていると、ヒューマノイドの声が聞こえた。
『純聖、幸花、秋葉、西園寺、
スタート準備をお願いします。』
次は私の番。
純聖とじゃなくて左千夫とチームがよかったな。
左千夫が頭を撫でてくれると、純聖が声をかけてきた。
「足引っ張んなよ幸花」
「どっちが」
純聖に皮肉を返すと睨み返してくる。
あのぐちゃぐちゃ頭のアホえろナユタがフラッグを取ったんだから、私だって負けてられない。
アホえろナユタが頑張れよと言う声を無視すると、スタート地点へと向かった。
相手はダサ眼鏡の女と、ちょっと美人なお姉さん。
ダサ眼鏡は置いといて、お姉さんの方は左千夫に匹敵するぐらいの美しさだった。
隣で寝そべりながら、優しそうに笑って「よろしくね」と言ってくる。
よろしくはしないけど。
ヒューマノイドのコールの後、スターターピストルがビーチに響いた。
すぐさま立ち上がると、全員が武器を展開させる。
お姉さんがペガサスに乗れるのは知っているけれど、さっきの試合でダサ眼鏡の能力を見る事ができなかった。
見るからにスポーツができなさそうだから、こっちはあまり気にしなくていいかと、ロザリオを握りながら地を蹴った。
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【純聖】
やっと何も考えなくていい競技が出てきたぜ!!
走る!
走る!!
そして、走る!!!!
そう、走ればいいんだ。
そして、赤い旗を取る!以上!!
「ぉおおおおおおおお!!!」
スタートの声が掛った瞬間に能力を解放して俺は猛ダッシュした。
が、眼鏡の女がペガサスに乗って俺の横を走って行った。
「あ!ずりぃぃぃぃ!!!それ、乗りてぇぇ!!!!」
俺は猛ダッシュンッで追いかけたが足が砂ってことも有りなかなか追いつかなかった。
仕方なく、俺は足をかなり冷たくしていく、そう、足場を湿らせて可能な限り硬くして無我無心でペガサスを追いかけた。
「邪魔。」
そうしていると幸花の血の針が飛んでくる。
「ぅおおおお!!当たらないように少しは気を付けろ!!っって、オイ!!」
そうしている俺の足元に弓矢が突き刺さった。
西園寺とか言う奴はなんでかスタートラインから動いてなかった。
きっと、俺に恐怖を成して動けないんだな。
それにしても、あの位置からそんなに的確に弓飛ばせんのかよ…。
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【秋葉文子】
ショタロリ……たまらん!!!!
しかもちょっとクーデレ気味なロリに、天真爛漫バカそうなショタ!!
ランドセル背負ってないのが痛いですけど!
水着にランドセル!!いいですなぁたまらん!!
女の子ばかりの麗亜高校には無い男同士もいいけれど、ショタロリもおいしいですはすはす!!
おっと拙者としたことがいけないですなデュフフ、今は競技に集中しなければならぬ。
スタートを切ったと同時に西園寺副会長のペガサスへと乗せられた。
最初の作戦通り、このまま拙者がフラッグを取りに行くのが狙いだ。
西園寺先輩は弓で援護してくれる。
ああ、麗しいでござる西園寺副会長。
おっといけない、またまた脱線しかけてたでござる。
ペガサスの上から地上を見下ろすと、ショタとロリが一生懸命走っていた。
とりあえずこのままフラッグまでたどり着ければいいけど、そう簡単にはいきそうにない。
スケッチブックを取りだすと、そこにイラストを描きはじめた。
拙者の能力は描いたものを三次元化する能力。
二次元に憧れるヲタクには溜まらん能力でござる。
もちろんあんなこともこんなこともし放題いいい!!!!
「ンフフ…確かあのショタの好きな物…アニマルレンジャーだったかなあ…」
アニマルレンジャーは小さいお友達にはもちろん人気だが、大きいお友達にも人気だ。
拙者も多少齧っている。
最近のヒーロー戦隊はイケメンが多いですからねぇ。
さらさらと紙にアニマルレッドを描いていく。
そして、描き終ると紙を二度叩いた。
そうすると紙の中から等身大のアニマルレッドが飛び出て来る。
見た目は本物と大差はないけれど、薄っぺらいのが玉に瑕。
まぁそれでも夢見る少年は喜んでくれること間違いなしでござる!!
アニマルレッドが地上へと降り立って行くと同時に、ロリが針の様な物を投げて来た。
ペガサスがうまく避けてくれたけど、怖いお嬢ちゃんだねえデュフフ。
ペガサスの上からどうなることかと地上を見下ろしながら、私は眼鏡を押し上げた。
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【西園寺櫻子】
これは私達の作戦。
文子さんに三点取って貰う為の。
この子供たちの能力値ははっきり言って大人より高い。
二人を乗せて走るより一人の方が速く走れる。
そして、純聖君の高熱に触られて怪我をするのも好ましくないので私と文子さんは前後で挟んで三点のフラッグを狙うことを考えた。
でも、純聖くんはどうやらお子様のようね。
「うぉぉぉぉぉ!!アニマルレッド!!どいてくれ!俺は悪を倒さないと……ぅお!」
「ライオンキーーーーーッック!!」
「どうしてだ、アニマルレッド!どうして、俺の言うことを分かってくれないんだ!!!」
どうやら完全に足止めされている様子。
しかも、アニマルレッドさんは彼の中のヒーローなのか倒せない様子です。
しかし、あんなペラペラのレッドさんでも大丈夫とは凄い忠誠心ですね。
それならば。
私はもう一人の幸花さんに昇順を合わせた。
「いきますわよ。」
彼女の足を狙って矢を数十発連続で発射していく。
当たらなくていいの、彼女の歩みを遅らせることができればそれで十分。
私の予想通り彼女は矢を撃ち落とすために血液を使ってきた。
それを見届けながら私もスタートから走り始める。
今からじゃ、追いつかないと思うけど出来ることは全てしておきましょう。
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【幸花】
ああもう、矢が鬱陶しい。
血の針でペガサスを狙おうと思っても狙えない。
しかも純聖のやつ、ぺらっぺらなアニマルレッドの前で必死に「どいてくれ!」って叫んでる。
掴んだら一瞬で溶けて燃えるだろうに。
ほんとバカ。
ロザリオを引きちぎると鎖の部分を武器にする。
それを先を飛んでいるペガサスに当てようとふりきったけど、お姉さんが打ってくる弓矢が鎖の輪を捕らえ、地面へと落とされてしまう。
「ちっ…」
そうこうしている間にペガサスは赤フラッグの所まで降り立ってしまった。
……最悪。
しかもお姉さんはダサ眼鏡がフラッグを取ったのを確認すると、弓を打つのを止め、その場に立ち止まったようだった。
もう青フラッグはいらないってことね。
したたかな人。
なんの障害もないまま、私はそのまま青フラッグの元へと辿りついた。
「秋葉3ポイント、幸花1ポイント、西園寺、純聖0ポイント」
肩で息をしながら汗を拭う。
さすがに走ると傷を隠している上着が暑い。
でも脱ぐわけにはいかない。左千夫が見てるから。
アホえろナユタでも赤フラッグが取れたのに、結局青フラッグだったことが悲しい。
取ったフラッグをぐっと握りしめると、まだアニマルレッドの前で立ち往生している純聖を見つめ、大きくため息をつく。
そして血の針を、思いっきりぺらっぺらなアニマルレッドへと投げつけてやった。
「しね」
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【三木柚子由】
「あ、アニマルレッドがぁぁぁ!!!!!」
純聖君の叫び声がここまで聞こえてくる。
本当に彼はアニマルレンジャーが好きだなと少し笑ってしまった。
『神功、三木、園楽、百合草、
スタート準備をお願いします。』
そのコールを聞くと私と左千夫様は席を立つ。
左千夫様はまたスプレー式の日やけどめを塗っていた。
ここまでしないといけないのは本当に大変だと思う。
「柚子由少し話があります。」
そう言って彼は私の耳元に唇を寄せる。
この時が一番緊張するし、至福の時間だと思いながら左千夫様の言葉に耳を傾けた。
砂浜を軽く走りラインにつくまではテレパシーで会話をし綿密に作戦を練っていく。
私ばっかりそんな楽していいのかなと思ったけど重要なポイントもある。
私は深く頷くと、スタートの位置へと寝転んだ。
そして、ドキドキしながらピストルが鳴り響くのを待った。
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【園楽あたる】
スターターピストルが鳴ると、一斉に武器を解除する。
スポーツはまあまあ得意な方だけど、相手が相手だしなあ。
それに俺のシャボン玉の使い道あるのかな。
先に出たのは三木さんだった。
女性にしては結構足も速い。
そして、すぐさま目の前に行く手を阻む三又の槍が出て来た。
神功君だ。
この人とはあんまり闘いたくないんだよなぁと思いながらも、百合草と並行しながら走って行く。
「あら、神功さん、あなたは走られないのですか?」
百合草の会話が始まった。
目の前にいる神功君をどうにかしようという魂胆だろう。
基本的に百合草の能力は、話しかける言葉に耳を傾けたり反応してしまうと終わりだ。
かかりやすい体質や、かかりにくい体質もあるみたいだけど、神功君は見た所かかりにくそうだ。
できれば闘わずに済ませたい。
特に俺は攻撃には特化していないので、百合草に頼るしかなかった。
守ることしかできないというのは、こういう時に結構困る。
「神功さんほどであれば、私たちを置いて先にフラッグを取る事は可能だと思いますよ」
百合草は淡々と優しい笑みを浮かべながら、神功君に話しかけ続ける。
俺でも百合草のこの能力は嫌いだ。
たまにお遣いとか頼まれたりする時に使われて困ったことがある。
後は恥ずかしいこともいっぱい聞かれたな…。
女社会の中に男がいるのは結構疲れるんだ。
そんな事を考えながら、砂地を駆け続けた。
距離はまだかなりあるが、油断はしないでおこう。
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【神功左千夫】
このバトルビーチフラッグだが自分の高校のことを考えると三点フラッグだけを取ればいい。
なので先程の西園寺櫻子の作戦は非常に優れていると言わざるを得ない。
僕もそれに従って三点を頂くことにした。
勿論、僕は一点のフラッグを諦めた訳ではないが。
その中での難関はこの百合草麗華の能力。
きっと本人も発生源をよく理解していないのだろう、僕の見解から行くと彼女に気を取られては駄目なのだ。
即ち彼女を意識しないこと。
それを実行するために僕は九鬼にお願いした。
常に僕の気を引いて置いてくれ、と。
それを確実に実行するのがあの男だ、わざわざ僕の神経を逆撫でするために望遠レンズを使って走る柚子由の盗撮をしている。
僕は、園楽、百合草の行く手を阻む砂嵐の幻術を起こしながら、九鬼のシャッターに合わせて三叉槍で砂を投げるようにし、少し離れ始めている柚子由を守った。
もう、完全に僕の意識は九鬼に向いている。
「本当に、僕の意識を逸らせるのが上手い。」
射抜く様な瞳で九鬼を見つめながらそう呟いた。
本当に百合草に意識がいかないのか彼女の言葉は右から左へと通り抜けてしまう。
「神功さん?聞いてますか…?凄い、砂嵐ですね…これでは、貴方も走りにくいのでは。」
普段なら僕には幻術はききませんと返しているのだろうが、九鬼が飼い犬のリンにまでカメラを持たせ始めた為更に僕の砂の目くらましはヒートアップした。
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【百合草麗華】
中々神功さんはこちらに反応しない。
というのも、観客席で先ほどから九鬼さんがカメラを構えているからでしょう。
どうやらあちらに気を取られている様子。
これでは先に進めない。
砂嵐の向こうに見える三木さんはフラッグに向けて走り続けている。
…とにかく神功さんは諦めましょう。
狙うは三木さん、これにはあたるさんの力が必要。
「あたるさん、シャボン玉をいくつか作ってくれますか?」
扇子で口元を隠し、横を走るあたるさんに耳打ちをする。
そこから少し作戦を話すと、あたるさんはすぐにトランペットストローでいくつかシャボン玉を作ってくれた。
このまま身に纏って砂嵐の中を駆けるのもありですが、この二人の能力からして体力で競い合っても勝ちは得られないでしょう。
いくつか浮かんだシャボン玉を掴むと、それに口づけ、言葉を閉じ込める。
あたるさんのシャボン玉は身を守ることもできますが、こうやって人じゃないものを守ることもできるのです。
シャボン玉に息を吹きかけ、それを先に行く三木さんの所へと飛ばしていく。
砂嵐の中でも割れずにふわふわと狙った方向へと飛んで行った。
「神功さん、三木さんの所にシャボン玉が行きましたよ?」
そう声をかけても、相変わらず神功さんは九鬼さんの行動に頭がいっぱいのようだった。
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【三木柚子由】
左千夫様は私に対して無心でスタートダッシュで逃げきれと言った。
全く後ろは気にしなくていい、寧ろ気にした方が百合草さんの能力に掛る可能性が高くなると言っていた。
私にとって左千夫様を信じることはたやすいので言われたままに砂浜を駆けていた。
後、自分にされる攻撃に関しては反射でよけることも受けることもでいるが自分に悪意を向けないものはスルーしてしまう可能性があるので出来るだけ何か一つのことを考えていてほしいと彼は言った。
エーテルのことでも、魔女っ子なゆちゃんのことでもなんでもいいと言ったが私が長く集中して一つのことを考えれると言ったら左千夫様のことしかない。
そういえば、この前のさっちゃんコスは本当に可愛かった。
等身大に引き伸ばした写真が私の部屋の壁を飾ってある。
今日もたくさん写真を撮った、いろんな人もいっぱい入ってきたので左千夫様単体の写真はまだ少ないけれど、左千夫様と誰かと言った写真を撮ることは少ないのでこれもいい記念だ。
あと、昼間に左千夫様がとってきてくれたアワビ、とってもおいしかった。
そんなことを考えている間に周りでシャボン玉は割れていたようだけど、私の頭幸せいっぱいで全く気付かず気付いた時には三点のフラッグを手にしていた。
「………あれ?」
「三木、三ポイント。」
そういった瞬間に周りにあるたくさんのシャボン玉に気づく。
「三木さん止まりなさい」「三木さん右に回りなさい」等色々な言葉が聞こえたので私はゴールより向こうでその言葉通りに動いてしまった。
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【園楽あたる】
三木さんに飛んで行ったシャボン玉を彼女の耳元で割って行く。
タイミング通りに割れるようにしているので、シャボン玉が割れれば百合草の声が聞こえて、通常なら操られるはずだ。
が、神功君どころか三木さんまで操られずにそのままフラッグへと突っ切っていった。
無心でいることは難しい。
百合草の声は問いかけられれば耳を傾けてしまうほどの優しい声だ。
しかし、三木さんはそれ以上に何かに集中していたようだ。
勝利を手にするとかそんなものじゃなく、もっと違う事に気が逸れていたのだろう。
「それでは」
「待ってください、神功さん!」
三木さんがフラッグを手にした瞬間に、目の前で俺達を足止めしていた神功君が走り出した。
百合草が声をかけた後、扇子を投げつけたが、目の前の砂嵐に跳ね返される。
シャボン玉に身を包んでこれを突っ切ろうと、トランペットストローに息を吹き込んだ瞬間、ヒューマノイドの声が響いた。
「三木3ポイント、神功1ポイント」
フラッグまでの距離はそれなりに遠かったはずだが、もしかして先ほどここにいた彼も幻術だったのだろうか。
結局してやられた俺達は、砂嵐が消えた向こうでフラッグを手にした二人を見て、足を止めた。
ここでポイント取れなかったのは痛いけど、競技数的にはまだ序盤だし、次頑張るか。
ベンチへ戻る前に二人へ握手を求めた時、三木さんにどうして百合草の能力にかからなかったのかと尋ねてみる。
「え、あ、あの…、アワビが…おいしかったなって…」
照れながら顔を真っ赤にした彼女は、意外と食いしん坊のようだ。
目を丸くする俺の横で、百合草は笑っていたけど。
■Mission No.62「きもだめし」
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